
大町桂月 · Tiếng Nhật
Chua co ban dich. Yeu cau dich de day nhanh tien do.
大町桂月 · Tiếng Nhật
Toàn văn
Ban goc (Tiếng Nhật)
八鹽のいでゆ
大町桂月
思ふとしもなけれども、思ひださるゝやさしきおもかげの身に添ふ心地して、拂ふに由なく、忘れむとすれど忘られず。かくてはと、われとわが心をはげまして讀むふみの、字はいつしか消えうせて、さながら霞たなびきたるが如くなるに、せめて青山白雲のほとりにさまよはばやと思ひたつも、はかなき旅なり。
武藏と上野との界なる八鹽のいでゆに一夜とまりて、明くる日は、名だゝる三巴石を見むとて、神流川の上流に溯る。わすれては、われを呼ぶ聲かとあやまたれつゝ、うつゝにかへれば、清溪の我が足をかすめて流るゝなり。萬山の底に、幅ひろき釣橋のかゝれるは、幾重の山奧にもなほ人の住む村里あるにや。三巴石の勝は、この橋よりはじまる。みどりにしてあざやかなる巨石磊※として、川の兩岸につらなり、或は獅躍し、或は虎蹲し、その相逼る處は、一道の清流蒼龍を走らす。三巴石とは是れなり。その中にて名の付せられたるもの四十七。遂に阿彌陀石に至りて、三巴石の觀盡きぬ。たゞ石の色のうるはしきのみにして、岩のたゞずまひ、水のながれなど、天下の絶景とは云ふべからず。水中に動くものあるを、何物かと見るに、肌あかがねよりも赤黒き赤條々の山がつの、右手に鉤のつきたる竹竿をもち、頭を左右にかゝへたる硝子張りの箱の中に沒しつゝ激浪の中に入りて魚を窺ひけるが、やがて勇みて竹竿をあぐるを見れば、一尾の香魚鉤にかゝりながら溌剌として空に躍る。かゝる山川になほ水の樂みを全うする能はざるも、うき世の中とあはれなり。
午下やどに歸り、また往いて淨法寺畔に相輪塔を見る。高さ二三丈ばかりの銅標、千年以上の古物と音に聞えたれど、寛文年間の再建にかゝりたれば、さばかりの古色もなし。殊に頂より底に至るまで、塔の周圍に寄附者の名をこまかく鐫りつらねたるは、いと見苦し。この塔、もとは淨法寺の域内にありたれど、今は寺域より離れて畑の中にたてるにても、この寺のいたく衰微したることは知られつ。
淋漓たる汗を靈泉にあらひ去りて、われ獨り樓上に坐す。樓は山腹に倚りて、勢、飛ばむと欲す。眼下には、神流川溶々として流れ、川のかなたは數町の田をあまして、御嶽の連山逶として横はる。連山のつくる處は、曠原遠く開け、そのはてには、赤城、日光の山々、白雲の中に隱見す。奇なりとにはあらねど、眼さむる眸めなり。やがてわが居る山の影、夕日に長く川のかなたまで及ぶばかりとなりぬ。大鵬の如き黒雲、御嶽の一角を壓して現はれしが、忽ち一天に瀰漫して、こなたに向つて走るよと見るほどに、白雨はやくも珠を躍らし、風に隨ひ、亂れてわれを撲つ。見渡すかぎり、恰も一幅の墨繪の如く、三伏のあつさもこの一雨に洗はれて、萬斛の凉味、乾坤に溢る。われはたゞ一種異樣の感にうたれ、われ我を忘れて枯坐しけるに、雨脚はやう/\我に遠ざかりて、軒より直下する點滴、水晶簾を下して、雨の名殘をとゞめ、空は早くも瑠璃をみがきて、一痕の凉月、御嶽の上にさやかなり。
朝四時、眼さめて眠られぬまゝに、殘月を履みて程に上り、八時頃新町に來り、停車場前の旗亭に入りて、あさげをものす。家の娘にやあらむ、まめ/\しくたちはたらくさまの可愛らしきが、一目眇して、よそのみる目も心苦し。ふと見上ぐる神棚の上に、一個の達摩の片目を白盡せるは、子故に祈る親心のやみにや。東京上りの汽車つきければ、たち立でて、汽車に乘りけるに、かの少女きたりて、忘れ物とて、さし出すを見れば、八鹽のいでゆにて我におくりたる團扇なり。凉しさならずして、何に忘れたる團扇ぞや。(明治三十一年)

Trang thai ban dich
Đang chờDang nhap de yeu cau dich.
Cau hoi thuong gap
Yes — completely free. This book is in the public domain, so Pagera offers the full text without payment or account requirement. Pagera is funded by advertising.
Doc mien phi
Đọc ngay không cần đăng ký. Tạo tài khoản miễn phí để có thêm sách và tính năng.