南部修太郎
南部修太郎 · 일본어
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南部修太郎 · 일본어
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원문 (일본어)
忌憚なく云ふと、私は現在の芥川龍之介氏の芸術に対して何にも云ひたくはないのである。と云ふのは、私は三四年前からそれに対しては機会あるごとに思ふ処を述べて来た。そして、その思ふ処は現在に於ても何等の変化を持たないのである。で、今更に批判と云ひ、要求と云ふも、それは私にとつては要するに前言の反覆に過ぎないからである。また若しこの一文が芥川氏に読まれる事を本旨とするならば、私がこれまでに述べた処のものを大概読んでゐてくれ、「妖婆」や「南京の基督」の如きに就いては私信で議論の応酬さへしたのだから、その反覆は氏にとつても退屈以上のものではないに違ひないからである。 それから芥川氏の現在を見て誰しも気附くに違ひない事は、その創作集「羅生門」「傀儡子」時代に一期を畫して完成された芸術的境地に、云ひ換へれば、何時か其処に生じて来た作風の型に自ら飽き足りなくなつたらしい氏は、その境地を踏み出さう、その型を突き破らうとして、明に未に苦しみ続けてゐる事である。そして、最近に於ては「秋」や「秋山図」が世評の如く確に優れたものであつたにしても、その多くは自己の芸術を何等かの面へ展開させようとしてゐるらしい作風の
南部修太郎
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