服部之総 · 일본어
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원문 (일본어)
「攘夷」は幕末日本の専売ではない。シナの方がもっと大規模でも深刻でもあった。そして朝鮮をこの点でシナや日本から区別するものがあるとしたら、明治八年までこの国だけは、断然攘夷戦勝国として、いい気持でふんぞり反えれたという点であろう。もっとも近代朝鮮の排外スローガンに「夷倭」とならべ記したのから弁じて、「攘夷」を欧米人に限られたことがらと見れば、明治八年日本に屈服したことなんか当然問題外となって、朝鮮はおよそ攘夷で負けた歴史を持たぬことになる――まことに大日本帝国にとっては、「併合」するに恥かしからぬ国柄であった! 朝鮮攘夷運動の大立物大院君は、摂政として全実権を収めていたから、幕末の副将軍家水戸斉昭の比ではなかった。摂政となって二年目(一八六六)、当時潜入中の仏人天主教宣教師十二名中九名を断首して、剛愎な排外主義の火蓋を切った。 同様のことは十七年前にもあって、およそ十八世紀末以降の朝鮮西教史は、保護者フランスの面目丸つぶれといった形だったが、一八六六年(慶応二)といえば、日本もシナもちょっと対外問題が収まった閑時だったから、朝鮮国王をフランス皇帝の保護下におきキリスト教徒たらしめる旨を
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服部之総
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