Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

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山の神殺人

坂口安吾

山の神殺人 坂口安吾 十万円で息子を殺さす ――布教師ら三名逮捕―― 【青森発】先月二十三日東北本線小湊、西平内間(青森県東津軽郡)線路わきに青森県上北郡天間林村天間館、無職坪得衛さん(四一)の死体が発見され、国警青森県本部と小湊地区署は他殺とみて捜査を進め、去る八日、主犯として青森県東津軽郡小湊町御嶽教教師須藤正雄(二五)を検挙、さらに十八日朝被害者の実父

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山の秋

高村光太郎

山の秋は旧盆のころからはじまる。 カッコーやホトトギスは七月中旬になるともう鳴かなくなり、何となく夏らしい勢が山野に見えなくなってしまい、たんぼの稲穂がそろそろ七月末にはきざしてくる。稲穂の育ってくる頃、山や野にツナギという恐ろしいアブが雲のように出て人馬をなやます。山に入る人は肌をすっかり布でつつんでそのアブにさされるのを防ぐが、馬なども木につながれた縄を

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山羊の歌

中原中也

トタンがセンベイ食べて 春の日の夕暮は穏かです アンダースローされた灰が蒼ざめて 春の日の夕暮は静かです 吁! 案山子はないか――あるまい 馬嘶くか――嘶きもしまい ただただ月の光のヌメランとするまゝに 従順なのは 春の日の夕暮か ポトホトと野の中に伽藍は紅く 荷馬車の車輪 油を失ひ 私が歴史的現在に物を云へば 嘲る嘲る 空と山とが 瓦が一枚 はぐれました

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山羊の言

中原中也

芸術に関するあらゆる議論は無用である。 ピカソ 当今、我々は落付いてはゐない。一日外出して、我々の抱いて帰る印象は雑然として、而も果敢ないものである。 かうしたことの原因を、或人は経済的必迫に於て観るし、又或人は、生活様式の激変に於て観る。其の他色々あらう。色々あるどころか無数にあつて、空気中のオゾンの量に因ると考へる人だつてないとは云へぬ。 然し、今仮りに

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ヌタプカムシペ山脈の畔り

今野大力

色づく木々の丘の上の林へ 今日一日私は出かけた めずらしい晴天である 葡萄の葉と楡と、楢と栓とそれらみんな色づいて来た 最早すべて葉を落したものもある つたをたぐって丘に登る時 私は愉快である 登って見下せば又愉快である みごもった稲田を広い平野の端から端へ 見てゆくのも愉快である いろんな野菜の収穫の終った畑も 今は黍と芋蔓がしょんぼりと残っているのみで、

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山茶花

佐左木俊郎

山茶花 佐左木俊郎 平三爺は、病気で腰が痛むと言って、顔を顰めたり、自分で調合した薬を嚥んだりしていたのであったが、それでも、山の畠に、陸稲の落ち穂を拾いに行くのだと言って、嫁のおもんが制めたにもかかわらず、土間の片隅からふごを取って、曲がりかけた腰をたたいたりしながら、戸外へ出て行った。 「落ち穂なんか、孩子どもに拾わせたっていいのだから、無理しねえで、休

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山の見える窓にて

牧野信一

私はこの町(芝区三田――)で、はじめての春を迎へた。おとゝしの春――さうだ、はつきりと四日であつたことを覚えてゐる、河堤の桜の蕾が漸くふくらみはじめて、もう花見の日も二三日に迫つたことであるから、もうひといき出発を見合せないか、と、その時まで住み慣れた村の友達に切りに別れを惜まれたのであつたが、いつかな私はもう其処にそれ以上滞留するわけにはゆかない様々な苦し

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山を讃する文

小島烏水

山を讃する文 小島烏水 近来邦人が、いたづらなる夏期講習会、もしくは無意義なるいはゆる「湯治」「海水浴」以外に、種々なる登山の集会を計画し、これに附和するもの漸く多きを致す傾向あるは頗る吾人の意を獲たり、しかも邦人のやや山岳を識るといふ人も、富士、立山、白山、御嶽など、三、四登りやすきを上下したるに過ぎず、その他に至りては、これを睹ること、宛ら外国の山岳の如

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山谿に生くる人々 ――生きる為に――

葉山嘉樹

何たる事であろう。 大山は、大山の兄の死を待っていたのだ。という事を十数年後の今になって、ハッキリ知ったのである。 大山は、その二人の子供が死んだ、という知らせを受け取ったのは、木曽川の落合川の発電所で働いている時であった。 そして今、十数年後、木曽駒ヶ岳、恵那山などの山によって距てられる、天龍河畔の鉄道工事場で、今度は叔母からの通信で、兄が朝鮮で死んだ、と

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山の貴婦人

坂口安吾

上州、信濃、越後、丁度三国の国境のあたりに客の希な温泉がある。私の泊つた宿には、県知事閣下御腰懸けのイスといふのが大切に保存されてゐて、村の共同湯に出没する人々にはドブチンスキーやボブチンスキーの面影があつた。近い停車場へも十数里の距離があつて、東京の客なぞ登山の季節にも滅多に来ない。単調で奇も変もない山国の風趣が気にいつて、私は暫く泊ることにした。 ある日

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山を越えて

牧野信一

彼女等の夫々の父親からの依頼で二人の娘をそちらへおくることになつたから、彼女等を夫々オフイスの一員に加へて貰ひたい、詳しいことは当人達からきいての上で、山の見学を望んでゐる二人の幼い学生達に能ふだけの満足を与へて欲しい――。 滝は、暖炉の傍で、父親からの英字タイプで打つたそんな意味の手紙を読んで軽い迷惑を感じた。 その頃彼の自家で主になつて経営してゐた或る山

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山越しの弥陀

折口信夫

山越しの彌陀 釈迢空 極樂の東門に 向ふ難波の西の海 入り日の影も 舞ふとかや渡來文化が、渡來當時の姿をさながら持ち傳へてゐると思はれながら、いつか内容は、我が國生得のものと入りかはつてゐる。さうした例の一つとして、日本人の考へた山越しの阿彌陀像の由來と、之が書きたくなつた、私一個の事情をここに書きつける。 「山越しの彌陀をめぐる不思議」――大體かう言ふ表題

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山越しの阿弥陀像の画因

折口信夫

山越しの阿彌陀像の畫因 折口信夫 極樂の東門に 向ふ難波の西の海 入り日の影も 舞ふとかや渡來文化が、渡來當時の姿をさながら持ち傳へてゐると思はれながら、いつか内容は、我が國生得のものと入りかはつてゐる。さうした例の一つとして、日本人の考へた山越しの阿彌陀像の由來と、之が書きたくなつた、私一個の事情をこゝに書きつける。 「山越しの彌陀をめぐる不思議」――大體

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山越しの阿弥陀像の画因

折口信夫

山越しの阿弥陀像の画因 折口信夫 極楽の東門に 向ふ難波の西の海 入り日の影も 舞ふとかや 渡来文化が、渡来当時の姿をさながら持ち伝えていると思われながら、いつか内容は、我が国生得のものと入りかわっている。そうした例の一つとして、日本人の考えた山越しの阿弥陀像の由来と、之が書きたくなった、私一個の事情をここに書きつける。 「山越しの弥陀をめぐる不思議」――大

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山越しの阿弥陀像の画因

折口信夫

山越しの阿弥陀像の画因 折口信夫 極楽の東門に 向ふ難波の西の海 入り日の影も 舞ふとかや渡来文化が、渡来当時の姿をさながら持ち伝へてゐると思はれながら、いつか内容は、我が国生得のものと入りかはつてゐる。さうした例の一つとして、日本人の考へた山越しの阿弥陀像の由来と、之が書きたくなつた、私一個の事情をこゝに書きつける。 「山越しの弥陀をめぐる不思議」――大体

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山遊び

木下利玄

足守川にかゝつて居る葵橋を渡る頃は秋晴の太陽が豐年の田圃に暗く照つて居た。八幡樣の山では松の木立の下に雜木がほのかに黄ばんで櫨の木の紅葉の深紅なのが一本美しく日に透いて居るのが長閑に見えた。河原には、未だ枯れぬ秋の草が野菊交り、色の褪せた死人花交りに未だ青く殘つて居て、親馬についた子馬が其の草を食つて居た。澄んだ細い流れは、日を受けてその間に光つて居た。 隱

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山道

中里介山

山道 中里介山 大正十何年の五月、甲斐の国の塩山の駅から大菩薩峠に向って馬を進めて行く一人の旅人がありました。 中折の帽子をかぶって、脊広の洋服に糸楯、草鞋脚半といういでたちで頬かむりした馬子に馬の口を取らせて、塩山からほぼ、三里の大菩薩峠を目ざして行く時は前にいった通り陽春の五月、日はまさしく端午の当日であります。沿道の谷々には桃李が笑っている、村々には鯉

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山間の旅舎

田山花袋

山と山との間である。雨が降つてゐる。かなり強く降つてゐる。汽車の窓から覗くと、谷川が凄じく音を立てゝ白く砕けて流れてゐるのが見える。汽車の速力は次第に緩くなつて、やがて山の腹のやうなところに行つて留つた。小さな停車場――ほつ立小屋のやうな停車場がそこにあつた。B達は下りた。 B達は以前からそこで下りたいとは思はないではなかつたが、この雨ではとても下りることは

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山間秘話

中原中也

春であつた。牡兎の血の環りはよくなつてゐた。勇ましくはないまでも、しやきしやきしてゐた。一日兎は森に這入つて行つた、牝狐を訪ねる算段で。彼が森の径を巡つてゐる時、牝狐は家で囲炉裡にあたつてゐた。仔狐達は窓の近くで遊んでゐた。牡兎が森の方からやつてくるのを見付けると牝狐は、急いで子供達に云つた、「何時もの彼が来たらば、私は家にゐないとお云ひ。あれは私を誘き出す

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山を降る一隊

牧野信一

「メートル係り。」 それが私の仕事である。 伐木場から橇で運ばれて来る木材の切り口を物差で計るのである。私は槍のやうに長い物差を振り廻して木口の寸法を計ると、 「何メートル、何々……」 と非常に大きな声で――相当の間隔のある事務所の窓口でそれを即座に記帳する係の者に一ト声で易々と聞きとれる程度に、だから、それは兵卒に向つて照尺の度合を命令する指揮官の号令ほど

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山陰土産

島崎藤村

山陰土産 島崎藤村 一 大阪より城崎へ 朝曇りのした空もまだすゞしいうちに、大阪の宿を發つたのは、七月の八日であつた。夏帽子一つ、洋傘一本、東京を出る前の日に「出來」で間に合はせて來た編あげの靴も草鞋をはいた思ひで、身輕な旅となつた。 こんなに無雜作に山陰行の旅に上ることの出來たのはうれしい。もつとも、今度は私一人の旅でもない。東京から次男の鷄二をも伴つて來

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山陰の風景 ――歌になるところ――

木下利玄

山陰と云つても、東は丹後但馬から西は石見に及んでゐて、區域が廣いからさし當りここでは、但馬の城崎附近を書いて見よう。 又歌になる所と云つても、好い眼さへ持つてゐれば、何處にも詩は見出されるのだから、今は私に興味があつた處をあげてゆくに止める。 城崎温泉 城崎の町は、山陰線が北上して、日本海の海岸へ出ようとする一里ばかり手前で、西へ折れてゐる、其曲り角の處に當

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山雀

薄田泣菫

山雀 薄田泣菫 一 私の近くにアメリカ帰りの老紳士が住んでをります。その人が今年の春六甲山へ登つて、その帰りにあたりの松林で小鳥の巣を見つけました。巣にはやつと羽が生えかけたばかしの雛が四羽をりました。雛は老紳士を見ると、口を一ぱいに開けて、ちいちいと鳴きました。 「可愛い奴だな。俺の顔を見ると、あんなにものを欲しがつてゐるよ」 老紳士は何か持ち合せはないか

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山の雪

高村光太郎

山の雪 高村光太郎 わたしは雪が大好きで、雪がふってくるとおもてにとび出し、あたまから雪を白くかぶるのがおもしろくてたまらない。 わたしは日本の北の方、岩手県の山の中にすんでいるので、十一月ごろからそろそろ雪のふるのを見ることができ、十二月末にはもういちめんにまっしろになったけしきをまいにち見る。このへんでは、平均一メートルくらいしかつもらないけれども、小屋

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