Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

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故郷

太宰治

故郷 太宰治 昨年の夏、私は十年振りで故郷を見た。その時の事を、ことしの秋四十一枚の短篇にまとめ、「帰去来」という題を附けて、或る季刊冊子の編輯部に送った。その直後の事である。れいの、北さんと中畑さんとが、そろって三鷹の陋屋へ訪ねて来られた。そうして、故郷の母が重態だという事を言って聞かせた。五、六年のうちには、このような知らせを必ず耳にするであろうと、内心

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『マダム・ボワリーの故郷』

田山花袋

マダム・マアテルリンクがこの頃『マダム・ボワリーの故郷』といふ文を書いた。これは、フロオベルが其大作『マダム・ボワリー』の舞臺を訪ねて、其のモデルに使用された實際の人物のことを詳しく探つて書たものだといふ。エムマもボワリーも、レオンも、藥劑師も皆な實在の人間で、誰は何うした、彼は何うした、誰れは死んだ、彼は生きてると言つた風に面白く書いてある。エムマのモデル

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故郷に帰りゆくこころ

嘉村礒多

秋になつて来ると、何がなし故郷がなつかしまれる。村はづれの深山の紅葉とか、それから全体として山や水やを恋するやうな心持が頻りに強く動く。 周防の方に私の故郷の村がある。隣村は長門の国になつてゐて、そこに、長門峡、といふ奇勝がある。なんでもA川の上流が、七八里余り渓山の間を流れつづいて、べつだん村落が展けるでもなく、両岸には蒼潤の山が迫り、怪石奇巌駢び立つて、

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故郷を想う

金史良

故郷を想う 金史良 内地へ来て以来かれこれ十年近くなるけれど、殆んど毎年二三度は帰っている。高校から大学へと続く学生生活の時分は、休暇の始まる最初の日の中に大抵蒼惶として帰って行った。われながらおかしいと思う程、試験を終えると飛んで宿に帰り、急いで荷物を整えてはあたふたと駅へ向った。それも間に合う一番早い時間の汽車で帰ろうとするのである。 故郷はそれ程までに

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故郷〔扉の言葉〕

種田山頭火

故郷〔扉の言葉〕 種田山頭火 家郷忘じ難しという。まことにそのとおりである。故郷はとうてい捨てきれないものである。それを愛する人は愛する意味に於て、それを憎む人は憎む意味に於て。 さらにまた、予言者は故郷に容れられずという諺もある。えらい人はえらいが故に理解されない、変った者は変っているために爪弾きされる。しかし、拒まれても嘲られても、それを捨て得ないところ

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故郷断想

今野大力

* 小川は濁っている ヤマメ、イワナのようなうまい小魚はもうそこへはのぼって来ない 淀みにはどぶ臭い雑魚が居り 廿年の昔の清冷な流れの面影がない * 連なる丘陵は ただ禿山であり 焼けたエゾ松の根株が淋しく黒く佇んで居り 昔そこに美しい針葉樹林があり 楡、タモ、栓、楢、紅葉、桜、胡桃、白椛の林があって 小鳥や兎達の楽しい場所であったことは きれいに忘れ去られ

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故郷の話

宮本百合子

故郷の話 宮本百合子 朝夕、早春らしい寒さのゆるみが感じられるようになってきた。 日本の気候は四季のうつりかわりが、こまやかであるから、冬がすぎて寒いながらも素足のたたみざわりがさわやかに思われて来たりする、微妙な季節の感覚がある。 文学に季節がはっきり反映しているし、又作家が季節につながった思い出として故郷の春や、故郷の秋景色についてたずねられる場合も、な

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救国論

中谷宇吉郎

現在の日本は、どうひいき目にみても、安定した国の姿ではない。米ソ両陣営の谷間にもがいているというのは、少し極端であるが、その傾きがなくもない。問題は、今の四つの島からの生産では、九千万人に近い人間が生きて行くのに必要な物資が、生産されないという点にある。 その一番わかり易い例が、食糧である。今年は例外であるが、平年では、少なくも一千万石の米に相当する食糧が足

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救われた稀本 ——寺田寅彦著『物理学序説』

中谷宇吉郎

この書は未完であり、かついわば草稿であって、まだ十分な推敲を経たものではない。しかしこの書は、わが国では類例の少い独自の著述である。このままの形でも、真に学問を愛し、科学の本質を知りたいと願う人々に、一度熟読をすすめたい本である。 終戦直後、九州のある友人から、むつかしい質問をうけたことがある。それは公共的な意味で使いたい紙の手持ちが少しあるが、それを新生日

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敗れし少年の歌へる

宮沢賢治

ひかりわななくあけぞらに 清麗サフィアのさまなして きみにたぐへるかの惑星の いま融け行くぞかなしけれ 雪をかぶれるびやくしんや 百の海岬いま明けて あをうなばらは万葉の 古きしらべにひかれるを 夜はあやしき積雲の なかより生れてかの星ぞ さながらきみのことばもて われをこととひ燃えけるを よきロダイトのさまなして ひかりわなゝくかのそらに 溶け行くとしてひ

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教師

長塚節

此の中學へ轉任してからもう五年になる。子供が三人出來た。三人共男ばかりである。此の外には自分に何の變化も無い。依然として理化學の實驗を反覆して居る。自分は一體褊狹な人間なのであらう、同僚ともそんなに往復はない。田舍の教師抔といふものはてんでみじめな情ない人間が聚合して居るに過ぎない。俸給の不足だとか同僚に對する嫉妬の惡評だとかいふことを能く口にしたがる。それ

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教師と子供

小川未明

それは不思議な話であります。 あるところに、よく生徒をしかる教師がありました。また、ひじょうに物覚えの悪い生徒がありました。教師はその子供をたいへん憎みました。 「こんなによく教えてやるのに、どうしてそれが覚えられないのか。」といって、教師は歯ぎしりをして怒りました。 けれど、その子供は、教えるあとから忘れてしまったのです。 「おまえみたいなばかは少ない。ほ

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ハイデッゲル教授の想い出

三木清

ハイデッゲル教授の想い出 三木清 私がハイデルベルクからマールブルクへ移ったのとちょうど同じ頃にハイデッゲル氏はフライブルクからマールブルクへ移って来られた。私は氏の講義を聴くためにマールブルクへ行ったのである。 マールブルクに着いてから間もなく私は誰の紹介状も持たずにハイデッゲル氏を訪問した。学校もまだ始まらず、来任早々のことでもあって、ハイデッゲル氏は自

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B教授の死

寺田寅彦

B教授の死 寺田寅彦 さわやかな若葉時も過ぎて、日増しに黒んで行く青葉のこずえにうっとうしい微温の雨が降るような時候になると、十余年ほど前に東京のSホテルで客死したスカンジナビアの物理学者B教授のことを毎年一度ぐらいはきっと思い出す。しかし、なにぶんにももうだいぶ古いことであって、記憶が薄くなっている上に、何度となく思い出し思い出ししているうちには知らず知ら

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教祖の文学 ――小林秀雄論――

坂口安吾

去年、小林秀雄が水道橋のプラットホームから墜落して不思議な命を助かったという話をきいた。泥酔して一升ビンをぶらさげて酒ビンと一緒に墜落した由で、この話をきいた時は私の方が心細くなったものだ。それは私が小林という人物を煮ても焼いても食えないような骨っぽい、そしてチミツな人物と心得、あの男だけは自動車にハネ飛ばされたり川へ落っこったりするようなことがないだろうと

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教祖の文学 ――小林秀雄論――

坂口安吾

去年、小林秀雄が水道橋のプラットホームから墜落して不思議な命を助かつたといふ話をきいた。泥酔して一升ビンをぶらさげて酒ビンと一緒に墜落した由で、この話をきいた時は私の方が心細くなつたものだ。それは私が小林といふ人物を煮ても焼いても食へないやうな骨つぽい、そしてチミツな人物と心得、あの男だけは自動車にハネ飛ばされたり川へ落つこつたりするやうなことがないだらうと

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たましいの教育

羽仁もと子

思慮というものの全然芽を出していない幼児には、ただ外形ばかりが強い問題である。 幼児ほど形の上から物を鵜呑みにするものはない。そうしてその鵜呑みにしたことを、よいこととして守ってゆくものはない。 さらに幼児ほど好奇心の強いものはない。十分かれらの好奇心に投じてゆくならば、そのまちがっていることも、必ずなおしてしまうことができる。 それゆえ幼児には、外形をもっ

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教育の事

福沢諭吉

一人の教育と一国の教育とは自ずから区別なかるべからず。一人の教育とは、親たる者が我が子を教うることなり。一国の教育とは、有志有力にして世の中の事を心配する人物が、世間一般の有様を察して教育の大意方向を定め、以て普く後進の少年を導くことなり。 父母の職分は、子を生んでこれに衣食を与うるのみにては、未だその半ばをも尽したるものにあらず。これを生み、これを養い、こ

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教育家の教育

新渡戸稲造

今日は教育家の大会を御催しなされたに付きまして御招待に預り出席致しましたが、私は普通いわゆる教育家という方々の仲間入を致しましたのが昨年の暮でありまして、まだ十分に教育家たるの資格も具えておらずまたその心得も持ちませぬので、諸君の前に立って教育に関する意見を述べる期節にはまだ至りませぬ。然るにいわゆる教育界に身を投じましたに付いてはどういう心掛けをせねばなら

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教育心理に関する現下の問題二三

久保良英

教育心理に關する現下の問題二三 久保良英 一 教育心理に於て相變らず中心の問題をなすものは、學習の法則である。一方に動物心理から發達したソーンダイクやワトソンの法則があり、他方に形態心理の見地から主張したコフカやオグデンの法則がありて、互に論爭をつゞけ、中には兩者の折衷を試みんと企てゝゐるものもある。 ソーンダイクの學習の法則は準備、練習、結果の三つであるが

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教育と文芸

夏目漱石

私は思いがけなく前から当地の教育会の御招待を受けました。凡そ一カ月前に御通知がありましたが、私は、その時になって見なければ、出られるか出られぬか分らぬために、直にお答をすることが出来ませんでした。しかし、御懇切の御招待ですから義理にもと思いまして体だけ出懸けて参りました。別に面白いお話も出来ません、前申した通り体だけ義理にもと出かけたわけであります。 私のや

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教育映画について

寺田寅彦

教育映画について 寺田寅彦 教育資料としての映画の価値の多大なことは誰でも認めてはいるようであるが、しかしこの問題については、少なくも我邦では、まだあまり十分に研究されていないか、ともかくも一般的興味の対象とはなっていないようである。その証拠には、芸術映画に関する色々の著書や翻訳書が沢山に出版されているにもかかわらず、教育映画に関する書物や論文が、あるかもし

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教育の最大目的

新渡戸稲造

各種生産物が時代の需用に応じて、供給せらるると同じく、教育もまた時代に適応して、その方針を樹立せざるべからず。予は教育に於ては素人なれど、日本国民を如何に教育すべきか、換言せば教育の最大目的は如何との題下に一言述べてみようと思う。 教育とは「活ける人間を造る」との一言に包含することが出来よう。予のいわゆる活ける人間とは、死せる人間に対する言辞にあらずして、死

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教育の目的

新渡戸稲造

今日世界各國の人の學問の目的とする所には種々あるが、普通一般最も廣く世界に行はれて居る目的は、各自の職業に能く上達するにある。マア職業教育とでも言はうか。或はモウ一層狹く云ふと、實業教育と云ふのが、能く其の趣意を貫いて居るやうである。子弟を教育する其の目的は、先づ十中の七八迄職業を求むるに在る。殊に日本に於いては職業を得る爲に教育を受くる者が多い、百中の九十

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