Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

Hiển thị 9.000 trên 14.981 cuốn

春日詠嘆調

萩原朔太郎

ああいかなればこそ、 きのふにかはるわが身の上とはなりもはてしぞ、 けふしもさくら芽をつのぐみ、 利根川のながれぼうぼうたれども、 あすは逢はれず、 あすのあすとてもいかであはれむ、 あなあはれむかしの春の、 みちゆきの夢もありやなし、 おとろへすぎし白雀の、 わがゆびさきにきてしみじみとついばむものを。 ●図書カード

JA
Chỉ nguyên tác

春昼

太宰治

四月十一日。 甲府のまちはずれに仮の住居をいとなみ、早く東京へ帰住したく、つとめていても、なかなかままにならず、もう、半年ちかく経ってしまった。けさは上天気ゆえ、家内と妹を連れて、武田神社へ、桜を見に行く。母をも誘ったのであるが、母は、おなかの工合い悪く留守。武田神社は、武田信玄を祭ってあって、毎年、四月十二日に大祭があり、そのころには、ちょうど境内の桜が満

JA
Chỉ nguyên tác

春昼

太宰治

四月十一日。 甲府のまちはづれに假の住居をいとなみ、早く東京へ歸住したく、つとめてゐても、なかなかままにならず、もう、半年ちかく經つてしまつた。けさは上天氣ゆゑ、家内と妹を連れて、武田神社へ、櫻を見に行く。母をも誘つたのであるが、母は、おなかの工合ひ惡く留守。武田神社は、武田信玄を祭つてあつて、毎年、四月十二日に大祭があり、そのころには、ちやうど境内の櫻が滿

JA
Chỉ nguyên tác

春の暗示

北原白秋

25. . 10. 午後三時過ぎ、 薄黄水仙の浅葱の新芽枯れたる芝生のなかに仕切られたる円形或は長方形の花壇のなかに二寸ばかり萌えいづ。その幾何学的なる配列のつつましさよ、風微かにかよふ。 水噴かぬ錆びたる噴水の露盤より静かに滴る水滴。 温室前の厚葉シユロランの高きそよぎ。キミガヨランの長きしだり葉に日は光り、南洋土人の頭飾の如くにうち動ぐ。 植物園事務室よ

JA
Chỉ nguyên tác

春さきの朝のこと

小川未明

外は寒いけれど、いいお天気でした。なんといっても、もうじき、花が咲くのです。私は、遊びにいこうと思って、門から往来へ出ました。すると、あちらにせいの高い男の人が立っています。いま時分、戦闘帽をかぶり、ゲートルをしているので、おかしく思いましたが、 「まて、この人は、復員したばかりでないのか。そして、たずねる家がわからぬのでさがしているのではないか。」 こう、

JA
Chỉ nguyên tác

春の来る頃

萩原朔太郎

なじかは春の歩み遲く わが故郷は消え殘る雪の光れる わが眼になじむ遠き山山 その山脈もれんめんと 煙の見えざる淺間は哀し 今朝より家を逃れいで 木ぬれに石をかくして遊べる をみな來りて問ふにあらずば なんとて家路を教ふべき はやも晝餉になりぬれど ひとり木立にかくれつつ 母もにくしや 父もにくしやとこそ唄ふなる。 (滯郷哀語篇ヨリ) ●図書カード

JA
Chỉ nguyên tác

春の枯葉

太宰治

人物。 野中弥一 国民学校教師、三十六歳。 節子   その妻、三十一歳。 しづ   節子の生母、五十四歳。 奥田義雄 国民学校教師、野中の宅に同居す、二十八歳。 菊代   義雄の妹、二十三歳。 その他  学童数名。 所。 津軽半島、海岸の僻村。 時。 昭和二十一年、四月。 第一場 舞台は、村の国民学校の一教室。放課後、午後四時頃。正面は教壇、その前方に生徒の

JA
Chỉ nguyên tác

春水と三馬

桑木厳翼

斯様な標題を掲げたが、何もこんな陳腐な題目で柄にもない文学論を試みようとするのではない。「図書」という雑誌の性質に鑑み、此二人に関係ある書物に就て閑談を弄したいと思うのである。 私の家に子供の折から見慣れて居た二つの草双紙絵本がある。一は為永春水の『絵入教訓近道』で、一は式亭蔵書印のある『赤本智恵鑒』である。何時何処で父が購求したのか、つい聞洩して仕舞ったが

JA
Chỉ nguyên tác

春永話

折口信夫

春永話 折口信夫 むら/\と見えて たなびく顔見世の幟のほどを 過ぎて来にけり 昭和十年三月、私の作る所である。歌は誇るに値せぬが、之に関聯して私ひとり思ひ出の禁じ難いものがある。京の顔見世は、近年十二月行ふことになつてゐる。十一月末にさし迫つて初める為、十二月興行と謂つた形をとることになつてしまつた。此は全く、明治中頃からの新しい為来りに過ぎない。明治の末

JA
Đã dịchSong ngữ

春泥

久保田万太郎

……渡しをあがったところで田代は二人づれの若い女に呼びとめられた。――小倉と三浦とはかまわずさきへ言問のほうへあるいた。 「何だ、あれ?」 すぐにあとから追ッついた田代に小倉はいった。 「あれは、君……」いいかけて田代は「慶ちゃん、君は知ってるだろう?」 それがくせの頤をなでながらあるいている三浦のほうへ眼を向けた。 「チビ三郎の内儀さんじゃァねえか。」 ず

JA
Chỉ nguyên tác

春泥 『白鳳』第一部

神西清

大海人は今日も朝から猟だつた。午ちかく、どこではぐれたのか伴の者もつれず、一人でふらりと帰つてくると、宮前の橿の木のしたで赤駒の歩みをとめた。 舎人の小黒が、あわてて駈けだしてきて、手綱をおさへる。そして何か言つた。 「ほう、嶋が? 多治比ノ嶋が来てゐるのか?」 大海人は、よくかげ口をきかれる例の神鳴り声を、小黒の禿げ頭のてつぺんへ浴びせかけると、ゆらりと地

JA
Chỉ nguyên tác

春浅き日に

堀辰雄

二三日前の或る温かなぽかぽかするやうな午後、僕はうかうかと三宅坂から赤坂見付まで歩いてしまつた。あそこの通りは前から好きだつたが、そんな風にぶらぶら歩いたのは實に何年ぶりかだつた。僕は青山にゐる友人の家を訪問する途中だつたが、三宅坂でいくら待つてゐてもバスが來ないし、それにいかにも春先きらしい氣持ちのいい天氣だつたので、あとで疲れるとは思つたけれど、ついうか

JA
Chỉ nguyên tác

春深く

久保田万太郎

嘗て磯部というところへ行ったことがある。――上州のあの温泉の…… 二十九の春とおぼえている。――駒形にまだいた時分だ。 みっともないから事の次第はいわない、とにかく、その時分、いまにして思えば空な話。――らちくちもない夢のような話をたよりに、わたしは、白痴みれんな毎日を送っていた。――寂しく、味気なく。――何をする張合もなく陰気そのもののような毎日を送ってい

JA
Chỉ nguyên tác

春がふたたび牢獄にやってきた!

陀田勘助

牢獄の春はふたたびおれの上にやってきた!一年以前、この赤煉瓦の建物の中に投げ込まれたときにはあのトルコの王様の退屈を慰めたというアラビアンナイトの人喰鬼の宮殿のようにおれにはこの巨大な赤煉瓦の沈黙した建物は摩訶不思議なものであった。だが 一年の月日は流れ去り、春風の中を自由に軽快に飛行機の飛ぶ二度目の春がきた今日!そして、奇蹟や素晴しい精神では何事も解決つか

JA
Chỉ nguyên tác

春琴抄

谷崎潤一郎

○ 春琴、ほんとうの名は鵙屋琴、大阪道修町の薬種商の生れで歿年は明治十九年十月十四日、墓は市内下寺町の浄土宗の某寺にある。せんだって通りかかりにお墓参りをする気になり立ち寄って案内を乞うと「鵙屋さんの墓所はこちらでございます」といって寺男が本堂のうしろの方へ連れて行った。見るとひと叢の椿の木かげに鵙屋家代々の墓が数基ならんでいるのであったが琴女の墓らしいもの

JA
Chỉ nguyên tác

春の盗賊

太宰治

春の盗賊 太宰治 ――わが獄中吟。 あまり期待してお読みになると、私は困るのである。これは、そんなに面白い物語で無いかも知れない。どろぼうに就いての物語には、違いないのだけれど、名の有る大どろぼうの生涯を書き記すわけでは無い。私一個の貧しい経験談に過ぎぬのである。まさか、私がどろぼうを働いたというのではない。私は五年まえに病気をして、そのとき、ほうぼうの友人

JA
Chỉ nguyên tác

春盲

豊島与志雄

春盲 豊島与志雄 終戦後、東京都内にも小鳥がたいへん多くなった。殊に山の手の住宅街にそうである。空襲による焼野原が至るところに拡がっていて、人家はまだ点在的にしか建っておらず、植えられた樹木も灌木の如く小さい。随って、焼け残りの街衢は、荒野の中に小さな聚落をなし、こんもりとした樹木の茂みに包まれて、町ではなく村である。そういう部落の木立をしたって、小鳥たちが

JA
Chỉ nguyên tác

春の真昼

小川未明

のどかな、あたたかい日のことでありました。静かな道で、みみずが唄をうたっていました。 田舎のことでありますから、めったに人のくる足音もしなかったから、みみずは、安心して、自分のすきな唄をうたっていました。 「おれほど、こう長く、息のつづくうまい歌い手は、世間にそうはないだろう。」と、心のうちで自慢していました。 あたたかな春風は、そよそよと空を吹いて、野原や

JA
Chỉ nguyên tác

春菜

薄田泣菫

春菜 薄田泣菫 一 郷里にゐる弟のところから、粗末な竹籠の小荷物が、押潰されたやうになつたまま送りとどけられて来た。 その途端、鼻を刺すやうな激しい臭みが、籠の目を洩れて、そこらにぷんぷんと散ばつて往つた。それを嗅ぎつけると、私はほくそ笑みながら、すぐに自分の手で荷物の縄目を解きにかかつた。 包の中からは採りたてかと思はれるやうな、新鮮な韮の幾束かが転がり出

JA
Chỉ nguyên tác

春の落葉

辻村もと子

春の落葉 辻村もと子 翌日は明るくはれた初夏らしい日であつた。 ごたごたと敷かれた寢床をあげてしまふと、柩のなくなつた家の中は、急に廣々として何となく物足りなかつた。 早起きの伯父は老人らしいきちようめんな調子で若い者を起して歩いた。 一ばん年下の恭介叔父は、頭からふとんを被つたまま、眠つてゐるのか醒めてゐるのか、いくら起されても起きようとしなかつた。みんな

JA
Chỉ nguyên tác

春の詩集

河井酔茗

あなたの懐中にある小さな詩集を見せてください かくさないで――。 それ一冊きりしかない若い時の詩集。 隠してゐるのは、あなたばかりではないが をりをりは出して見せた方がよい。 さういふ詩集は 誰しも持つてゐます。 をさないでせう、まづいでせう、感傷的でせう 無分別で、あさはかで、つきつめてゐるでせう。 けれども歌はないでゐられない 淋しい自分が、なつかしく、

JA
Chỉ nguyên tác

春の賦

薄田泣菫

春の賦 薄田泣菫 一 また春が帰つて来た。 病にかかつてこのかた、暑さ寒さが今までになくひどく体にこたへるので、夏が来ると秋を思ひ、冬になると春を恋しがる以外には、何をも知らない私は、ことしの冬が近年になく厳しからうとの前触れがやかましかつただけに、まだ冬至も来ないうちからどれほど春を待ちかねたことか。とりわけこの三、四年、病気と闘ふ気分のめつきり衰へてきた

JA
Chỉ nguyên tác