Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

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歩哨戦

今村恒夫

悪検閲制度をぶっ潰せ 検閲制度改正期成同盟万歳 労働者農民万歳 残虐の限りを尽し暴圧の嵐は絶えず吹き続け 遂に俺達の言葉迄奪った奴等 哀れな奴等の迫害だ 哀れな奴等の猿轡だ 首を締めつける彼奴等の顔へ憫笑の一瞥を投げて 野火の如く囂々と拡がり行くではないか 俺達の火の手 真赤な火の手 虫けらの如く無残にも抹殺され 空しく屍を曝す幾千の言葉 血潮の憤激戦闘の伴

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歯痛

徳田秋声

M―市を通つてA―温泉へ着いたのは、もう夜であつた。 今年は殊に万遍なく暑さの続いた夏の半以上を東京で過した融は、愛子同伴で、次男の養子問題についての用件を帯び旁々三四日の予定で、山の空気を吸ひにS―湖畔の親類を訪ねた帰りを、彼は煤烟に悩まされ通しの、中央線を避けて、途中どこかへ寄つて別の方面から帰るつもりで、交通の便利のいゝA―温泉へと立寄ることにしたので

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歳々是好年

宮本百合子

歳々是好年 宮本百合子 新年というものについて抱く私たちの心持も、その年々によって様々ですし、一人のひとの生活の其々の時代によっても又おのずから、異った感想をもつものだということを、近頃感じて居ります。 お正月という言葉で新年が考えられていた子供の時代からはなれて、二十歳前のころ、ほかの方たちはいかがでしたか、私にはお正月の形式的な挨拶だのしきたりだのが大変

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歳時記新註

寺田寅彦

歳時記新註 寺田寅彦 一 稲妻 晴れた夜、地平線上の空が光るのをいう。ドイツではこれを Wetterleuchten という。虚子の句に「一角に稲妻光る星月夜」とある。『説文』に曰く電は陰陽の激曜するなりとはちと曖昧であるが、要するに陰陽の空中電気が相合する時に発する光である。遠方の雷に伴う電光が空に映るのだが、雷鳴の音は距離が遠いのと空気の温度分布の工合で

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歳月

宮本百合子

歳月 宮本百合子 わたしたちの時代には、学校がそこにあった関係から、お茶の水と呼んでいた附属高女の専攻科の方が見えて、雑誌に何かかくようにと云われた。いまその原稿をかきはじめている、わたしの心持には複雑ないろいろの思いがある。そして、そういう思いは、わたしと同級生であった誰彼のひとたちが、もしその雑誌をよむとしたら、やっぱり同じように感じる思いではなかろうか

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歳月

岸田国士

浜野計蔵の家の応接間。 隠退せる高級官吏の格式と、憲法発布前後笈を負つて都に上つた人物の趣味とを語る室内の調度――例へば、維新元勲の書、地球儀、コロオの複写、硝子箱入の京人形、蝶の標本を額にしたもの等。 時は、大正八年頃の初春。 場所は、東京山の手の某区某町。 正面の窓からは、午後の日を受けた庭の一部が見え、赤い椿の花が植込の間からのぞいてゐる。 長男の計一

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「歳月」前記

岸田国士

しばらく戯曲の創作から遠ざかつてゐると、近頃はまた戯曲が書いてみたくなつた。どうして戯曲を書かなくなつたのかと人からよく訊かれるが、別に深い理由があるわけではない。たゞ、すこし休んだ方がいゝやうな気がしただけである。 休んでゐるうちに、今迄書いたものがどうしてああ満足に舞台化されなかつたかといふ微妙な点について、はつきりした原因が自分にもわかり、ある覚悟に到

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歳末に近き或る冬の日の日記

萩原朔太郎

詩人協會の用件にて高村光太郎氏を訪ふべく、前夜福士幸次郎君と約束がしてあつたので、萬世驛のミカドで待合せをする。時計は午後一時五分前、約束より五分早く、福士君はまだ見えてゐない。福士君については從來深く交際したことがないので、實際の人物はよく知らないけれども、噂によれば言語道斷のズボラもので、時間の觀念など全くない人のやうである。今日もことによると、約束のこ

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まれびとの歴史

折口信夫

まれびとの歴史 折口信夫 こゝに一例をとつて、われ/\の国の、村の生活・家の生活のつきとめられる限りの古い形の幾分の俤を描くと共に、日本文学発生の姿をとり出して見たいと思ふ。私は、まれびとと言ふ語及び、その風習の展開をのべて見る。 普通われ/\の古代・王朝など言うて居る時代のまれびとなる語が、今日の「お客」或は敬意を含んで、「賓客」など言ふ語に飜して、果して

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歴史上より観たる南支那の開発

桑原隲蔵

歴史上より觀たる南支那の開發 桑原隲藏 この論文を讀む人は、更に大正十四年十二月發行の『白鳥博士還暦記念東洋史論叢』中に收めた拙稿「歴史上より觀たる南北支那」(本全集第二卷所收)を參照ありたい。 一 支那には古來南北の區別があつて、風俗・人情・地味・物産等百般に渉つて、顯著なる相違を有して居る。この南北の區別を基礎として、歴史上より南支那開發の蹟をたづぬるこ

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歴史と事実

坂口安吾

歴史と事実 坂口安吾 以前新井白石の「西洋紀聞」によってシドチ潜入に就て小説を書いたとき、屋久島はどんな島かしらと考えた。切支丹の事蹟を辿って天草までは行ったが、屋久島は行かなかった。幸いこの小説は島の風物を叙述する必要がなかったので史料の記事だけで間に合ったが、後日、深田久弥氏の屋久島旅行記を読んで驚いた。屋久島は千七百米の巨大な山塊で、全島すべて千年から

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歴史とは何か

津田左右吉

世界の文化民族の多くは、その文化が或る程度に発達して文字が用ゐられて来ると、今日常識的に歴史的記録といはれるやうなものを何等かの形に於いて作り、さうしてそれを後世に伝へた。さういふものの由来、特にその前の段階としてのいひ伝へのこととか、民族によるその特殊性とか、またはそれらがどれだけ事実を伝へてゐるかとか、いふやうなことは、別の問題として、今はたゞそれらが主

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歴史の学に於ける「人」の回復

津田左右吉

世界の文化民族の多くは、その文化が或る程度に発達して文字が用いられて来ると、今日常識的に歴史的記録といわれるようなものを何らかの形において作り、そうしてそれを後世に伝えた。そういうものの由来、特にその前の段階としてのいい伝えのこととか、民族によるその特殊性とか、またはそれらがどれだけ事実を伝えているかとか、いうようなことは、別の問題として、今はただそれらが主

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歴史探偵方法論

坂口安吾

私は歴史については小学校一年生でちかごろ志を立てて読みだしたばかりだから多くのことは知らない。 けれども、一年生ながらもお歴々の大先生方の手前をはばからず言わなければならない一ツのことがあると思うようになった。それは歴史というものはタンテイの作業と同じものだということである。ところが歴史学者はタンテイ作業が劣等生で、その方法に於て筋が立たず、チンプンカンプン

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歴史の概念

狩野亨吉

歴史の概念 狩野亨吉 一 歴史の概念とは歴史が如何なるものかを突止め把握し得たとき、之に關する知識である。今その一端を述べようとするのであるが、先づ例證より探を入れることとする。 支那の古い時代には歴史といふ語は無い。唯史とばかり呼んでゐた。このことは史記から明史に至るまでの歴代の正史は云ふに及ばず、主なる史書に使用してゐないのを見て推知すべきである。明末に

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歴史の流れの中の図書館 ――個人的なものから集団的なものへ――

中井正一

何か急流のように流れている世の中である。大きな潮の高まりが、せき止めようもなく、高まってゆき、何ものもがその流れの中に、身をゆすぶっているような感じである。 この流れが何処から起り、何処に流れてゆくか、誰も見定めることができない。ちょうど潮の干満が、遠い遠い月の世界と関係があると、誰が想像し得たであろう。 しかし、この流れの中で、一つの事は間違うことなく見定

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歴史と現実

坂口安吾

歴史と現実 坂口安吾 以前新井白石の「西洋紀聞」によつてシドチの潜入に就て小説を書いたとき、屋久島はどんな島かしらと考へた。切支丹の事蹟を辿つて天草までは行つたが、屋久島は行かなかつた。幸ひこの小説は島の風物を叙述する必要がなかつたので史料の記事だけで間に合つたが、後日、深田久弥氏の屋久島旅行記を読んで、驚いた。屋久島は千七百米の巨大な山塊で、全島すべて千年

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歴史的探偵小説の興味

小酒井不木

歴史的探偵小説の興味 小酒井不木 森下雨村氏から歴史的探偵小説に就て何か書かないかといわれて、はい、よろしいと易受合いをしたものの、さて書こうと思うと何にも書けない。これが犯罪学に関したことなら、参考書と首っ引きで、相当に御茶を濁すことが出来るが、歴史的探偵小説を研究した参考書などは一冊もなく、ただもう自分の読んだ(それも多くは遠い過去に読んだ)少数の作品に

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ユタの歴史的研究

伊波普猷

私は昨今、本県の社会で問題となっているユタについて御話をしてみたいと思います。「ユタの歴史的研究」! これはすこぶる変な問題でありますが、那覇の大火後、那覇の婦人社会を騒がしたユタという者を歴史的に研究するのもあながち無益なことではなかろうと思います。ユタの事などは馬鹿馬鹿しいと思われる方があるかもしれませぬが、この馬鹿馬鹿しいことが実際沖縄の社会に存在して

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歴史の矛盾性

津田左右吉

歴史の領域は過去にある。これは何人にも異論のないことであろう。しかし、過去は過去として初から固定しているものではなく、断えず未来に向って推移してゆく現在の一線を越えることによって、未来が断えず過去に化し去るのである。これもまた明白なことである。ただ歴史の取扱う過去は、単なる時間としての過去ではなくして、過去となった人の生活である。ところが、生活は未来に向って

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「みの」の死

平山千代子

「みの」の死 平山千代子 気狂ひの様になつて帰つて来たゑみやから、「みのが轢かれた」ときいて、私が飛び出して行つたとき、みのは黄バスのガレーヂの傍に倒れて、かなしい遠吠えをしてゐた。 「みの! みの!」私は人前もかまはず、さう呼んで、冷いコンクリートに膝を突いてしまつた。 「みの! どうしたの/\」 美濃は私の声をきくと遠吠えをやめて、チラと私を見上げ、眼を

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チチアンの死

ホーフマンスタールフーゴー・フォン

人 序曲を唄う者フィリポ・ポンポオニオ・ヴェチェリオ。別称チチアネルロ(大匠の息)ジョコンドデジデリオジヤニイノ(この人十六歳の青年、甚だ美し。)バチスタアントオニオパリスラヴィニア(大匠の一女)カッサンドラリザ 時は千五百七十六年のこと。この年チチアンは九十九歳の高齢をもて歿せるなり。 ゴブランの幕下りている。プロセニウムにはボエックリンの半身像円柱の上に

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死ね!

豊島与志雄

死ね! 豊島与志雄 私と彼とは切っても切れない縁故があるのだが、逢うことはそう屡々ではない。私はいつもひどく忙しい。貧乏で、わき目もふらず働き続けなければ、飯が食えないのだ。ところが彼は、いつも隙だ。のんきに、夢想したり、歩き廻ったり、酒を飲んだりして、日を送っている。それかって、財産があるわけではない。私に金銭上の迷惑をかけたことも度々ある。「人の厄介にな

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