Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

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煤掃

萩原朔太郎

井桁古びた天井に 鼠の夢を驚かして 今朝年越しの煤拂ひ、 主人七兵衞いそいそと 店の小者を引具して 事に堪ふべく見えにけり。 さて若衆のいでたちや 奴冠りに筒袖の 半纏すがた意氣なるに 帶ぶや棕梠の木竹箒、 事あり顏に見交して 物物しくも構へたり。 お花、梅吉、喜三郎 ことし十五の小性とて 娘お蝶がませぶりを さげすみしたる樣もなく 家代代の重寶を そつと小

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煤煙の匂ひ

宮地嘉六

彼は波止場の方へふら/\歩いて行つた。此の土地が最早いつまでも長くは自分を止まらせまいとしてゐるやうで、それが自分のにぶりがちな日頃の決心よりも寧ろ早く、此の土地を去らねばならぬ時機が迫つて来はせぬかといふ、妙に心細い受け身の動揺の日がやつて来たのだ。勿論それは彼の思ひ過ぎでもあつた。これまでも屡々あつたことだ。こんな気持の時は足がおのづからステーションや波

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『煤煙』の序

夏目漱石

『煤煙』の序 夏目漱石 「煤煙」が朝日新聞に出て有名になつてから後間もなくの話であるが、著者は夫を単行本として再び世間に公けにする計画をした。書肆も無論賛成で既に印刷に回して活字に組み込まうと迄した位である。所が其頃内閣が変つて、著書の検閲が急に八釜敷くなつたので、書肆は万一を慮つて、直接に警保局長の意見を確めに行つた。すると警保局長は全然出版に反対の意を仄

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煩悶

正岡子規

時は午後八時頃、体温は卅八度五分位、腹も背も臀も皆痛む、 アッ苦しいナ、痛いナ、アーアー人を馬鹿にして居るじゃないか、馬鹿、畜生、アッ痛、アッ痛、痛イ痛イ、寝返りしても痛いどころか、じっとして居ても痛いや。 アーアーいやになってしまう。もうだめかな。もういかんや。ほんとうに人を馬鹿にしとる。いやになっちまうな。いやになりんすだ。いやだいやだも………だっていや

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久米正雄

熊といいますと、いうまでもなく恐しい猛獣ですが、熊だって何も好き好んで人を殺すのではありません。人が熊を恐しがるように、矢張熊の方でも人が恐いのです。そして人が来るのを知れば、熊の方で先逃げてくれるのです。けれども両方がふいに出合うか、どうしても顔を合せる外仕方のないような路ででも出合うと、熊も絶体絶命になって、激しく襲い掛るのです。ですから北海道の山道など

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熊の出る開墾地

佐左木俊郎

熊の出る開墾地 佐左木俊郎 無蓋の二輪馬車は、初老の紳士と若い女とを乗せて、高原地帯の開墾場から奥暗い原始林の中へ消えて行った。開墾地一帯の地主、狼のような痩躯の藤沢が、開墾場一番の器量よしである千代枝を伴れて、札幌の方へ帰って行くのだった。 落葉松林が尽きると、路はもはや落ち葉に埋められて地肌を見せなかった。両側には山毛欅、いたやかえで、斎樹、おおなら、大

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熊手と提灯

正岡子規

本郷の金助町に何がしを訪うての帰り例の如く車をゆるゆると歩ませて切通の坂の上に出た。それは夜の九時頃で、初冬の月が冴え渡って居るから病人には寒く感ぜられる。坂を下りながら向うを見ると遠くの屋根の上に真赤な塊が忽ち現れたのでちょっと驚いた。箒星が三つ四つ一処に出たかと思うような形で怪しげな色であった。今宵は地球と箒星とが衝突すると前からいうて居たその夜であった

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熊捕り競争

宮原晃一郎

熊捕り競争 宮原晃一郎 一 御維新の少し前頃、北海道有珠のアイヌ部落にキクッタとチャラピタといふ二人の少年がゐました。キクッタは十七で、チャラピタは一つ下の十六でした。小さなときから、大へん仲好しで、遊ぶにも魚をとるにも、また罠をかけに行くにも、いつも一しよでした。ところが、その年になつて、二人が今までのやうに睦じくやつていけないことが起りました。それはアイ

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熊狩名人

佐藤垢石

熊狩名人 佐藤垢石 一 先日、長野県下水内郡水内村森宮の原の雪野原で行なわれたラジオ映画社の「人食い熊」の野外撮影を見物に行ったとき、飯山線の森宮の原駅の旅館で、この地方きっての熊撃ちの名人に会った。そして僕は、この名人と一杯やりながら、吹雪の夜を語りあかした。 この名人は、同県上高井郡仁礼村字米子の住人で、上原武知君と呼び、本年未だ四十五歳の壮者である。こ

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熊と猪

沖野岩三郎

熊と猪 沖野岩三郎 一 紀州の山奥に、佐次兵衛といふ炭焼がありました。五十の時、妻さんに死なれたので、たつた一人子の京内を伴れて、山の奥の奥に行つて、毎日々々木を伐つて、それを炭に焼いてゐました。或日の事京内は此んな事を言ひ出したのです。 「お父さん、俺アもう此んな山奥に居るのは嫌だ。今日から里へ帰る。」 「そんな馬鹿を言ふものぢやあ無い。お前が里へ出て行つ

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熊 笑劇 一幕

チェーホフアントン

ポポー(大喪の服をきて、一葉の肖像写真から眼をはなさない)とルカー ルカー 困りますなあ、奥さま。……それじゃ御自分の身を、じりじり滅ぼしておいでになるだけですよ。小間使も、おさんどんも、イチゴを採りに行きましたし、およそ息のあるものは、結構みんな楽しんでおりますよ。現にあの小猫でさえ、慰みごとはちゃんと心得ていて、庭をほつきまわっては、小鳥をとらまえていま

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熊さんの笛

小川未明

熊さんは、砂浜の上にすわって、ぼんやりと海の方をながめていました。 「熊さん、なにか、あちらに見えるかい。」と、いっしょに遊んでいた子供がたずねると、 「ああ、あちらは、極楽なんだよ。いつもお天気で、あたたかで、花がさいて、鳥が鳴いているところだ。」といいました。 「どうして、そこへはゆけるの……。」と、子供は聞くと、 「ちょっとゆけないけれど、俺には、あり

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熊の足跡

徳冨蘆花

熊の足跡 徳冨蘆花 勿來 連日の風雨でとまつた東北線が開通したと聞いて、明治四十三年九月七日の朝、上野から海岸線の汽車に乘つた。三時過ぎ關本驛で下り、車で平潟へ。 平潟は名だたる漁場である。灣の南方を、町から當面の出島をかけて、蝦蛄の這ふ樣にずらり足杭を見せた棧橋が見ものだ。雨あがりの漁場、唯もう腥い、腥い。靜海亭に荷物を下ろすと、宿の下駄傘を借り、車で勿來

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熟語本位英和中辞典 25 Y

斎藤秀三郎

Y(ワイ)口蓋音子音字の一。また母音としては概して“i”と音を同じうし、また二重母音(ay,ey,oy,wy)を作る。Yacht(yot ――ヨット)【名】遊船、快遊船、競争船(概して小型の快走帆船、また汽船あり)。(-s'man)同上操縦者。【自動】快遊船を操縦する、巡航する、競走する。-'ing【名】同上すること。Ya'ger(ユェーィガ~)【名】[独逸

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グースベリーの熟れる頃

宮本百合子

グースベリーの熟れる頃 宮本百合子 小村をかこんだ山々の高い峯は夕日のさす毎に絵で見る様な美くしい色になりすぐその下の池は白い藻の花が夏のはじめから秋の来るまで咲きつづける東北には珍らしいほどかるい、色の美くしい景色の小さい村に仙二は住んで居た。 十八で日に焼けた頬はうす黒いけれ共自然のまんまに育った純な心持をのこりなく表して居る、両方の眼は澄んで大きな瞳を

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熱情の人

久保栄

熱情の人 久保栄 小山内先生は、大学の卒業論文が英国の詩篇の研究であったばかりでなく、文壇へのデビユも「小野のわかれ」「夢見草」に収録された詩作であった。したがって身を劇界に投ぜられて後も、この詩人的なテンペラメントが、常に先生の行動を支配したということができよう。先生は冷静な演劇理論の遂行者というよりも、熱狂的な演劇の殉教徒であられたと思う。明治、大正、昭

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熱意

北村透谷

熱意 北村透谷 真贄の隣に熱意なる者あり。人性の中に若し「熱意」なる原素を取去らば、詩人といふ職業は今日の栄誉を荷ふこと能はざるべし。すべての情感の底に「熱意」あり。すべての事業の底に熱意あり。凡ての愛情の底に熱意あり。若しヒユーマニチーの中に「熱意」なるもの無かりせば、恐らく人間は歴史なき他の四足動物の如くなりしなるべし。 労働と休眠は物質的人間の大法なり

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熱海へ

牧野信一

彼は徳利を倒にして、細君の顔を見返つた。 「未だ!」周子はわざとらしく眼を丸くした。 「早く! それでもうお終ひだ。」特別な事情がある為に、それで余計に飲むのだ、と察しられたりしてはつらかつたので、彼は殊更に放胆らしく「馬鹿に今晩は寒いな。さつぱり暖まらないや。」と附け足した。だが事実はもう余程酔つてゐたので、嘘でもそんな言葉を吐いて見ると、心もそれに伴れて

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熱海線私語

牧野信一

熱海線私語 牧野信一 一 一九三四年、秋――伊豆、丹那トンネルが開通して、それまでの「熱海線」といふ名称が抹殺された。そして「富士」「つばめ」「さくら」などの特急列車が快速力をあげて、私達の思ひ出を、同時に抹殺した。帝国鉄道全図の上から見るならば、僅々十哩? 程度の距離であるが、生れて四十年、東京と小田原、小田原と熱海の他は滅多に汽車の旅を知らぬ蛙のやうな私

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熱い砂の上

牧野信一

駆け出した、とても歩いたりしてはをられなかつたから――砂が猛々しく焦けてゐて誰にも到底素足では踏み堪へられなかつた。 「熱い/\!」 「素晴しい暑さだ!」 「競争! 競争! 波打ちぎはまで――」 三人の若者と二人の娘が脱衣場から飛び出て、砂を踏んで見ると、熱さに吃驚して、ピヨン/\と跳ねあがりながら夢中で波打ちぎはを目がけて駆けて行つた。 「厭々々! 誰か―

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熱き茶色

宮本百合子

熱き茶色 宮本百合子 もし私が肖像画家であったら、徳田球一氏を描くときどの点に一番苦心するだろうかと思う。例えば、徳田さんの眼は、独特である。南方風な瞼のきれ工合に特徴があるばかりでなく、その眼の動き、眼光が、ひとくちに云えば極めて精悍であるが、この人の男らしいユーモアが何かの折、その眼の中に愛嬌となって閃めくとき、内奥にある温かさの全幅が実に真率に表現され

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熱い風

牧野信一

強ひては生活のかたちに何んな類ひの理想をも持たない、止め度もなく愚かに唯心的な私であつた。――いつも、いつも、たゞ胸一杯に茫漠と、そして切なく、幻の花輪車がくるくる廻つてゐるのを持てあましてゐるだけの私であつた。廻つて、廻つて、稍ともすると凄まじい煙幕に魂を掻き消された。 私は、そんな自分を擬阿片喫煙者と称んでゐたが、私の阿片は、屡々陶酔の埒を飛び越えて、力

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