猪の味
北大路魯山人
猪の美味さを初めてはっきり味わい知ったのは、私が十ぐらいの時のことであった。当時、私は京都に住んでいたが、京都堀川の中立売に代々野獣を商っている老舗があって、私はその店へよく猪の肉を買いにやらされた。 私の家は貧乏であったから、猪の肉を買うと言っても、ごくわずかな買い方をしていた。まあ五銭ぐらい持って買いに行くのが常であった。もっとも、当時は牛肉ならば鹿の子
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北大路魯山人
猪の美味さを初めてはっきり味わい知ったのは、私が十ぐらいの時のことであった。当時、私は京都に住んでいたが、京都堀川の中立売に代々野獣を商っている老舗があって、私はその店へよく猪の肉を買いにやらされた。 私の家は貧乏であったから、猪の肉を買うと言っても、ごくわずかな買い方をしていた。まあ五銭ぐらい持って買いに行くのが常であった。もっとも、当時は牛肉ならば鹿の子
久生十蘭
いつお帰りになって? 昨夜? よかったわ、間にあって……ちょいと咲子さん、昨日、大阪から久能志貴子がやってきたの。しっかりしないと、たいへんよ……あなたを担いでみたって、しょうがないじゃありませんか。ええ、ほんとうの話……誰だっておどろくわ。どんなことがあったって、東京なんかへ出てこられる顔はないはずなのに。そこが志貴子の図々しさよ……終戦から六年、その前が
宮沢賢治
猫 宮沢賢治 (四月の夜、とし老った猫が) 友達のうちのあまり明るくない電燈の向ふにその年老った猫がしづかに顔を出した。 (アンデルゼンの猫を知ってゐますか。 暗闇で毛を逆立てゝパチパチ火花を出すアンデルゼンの猫を。) 実になめらかによるの気圏の底を猫が滑ってやって来る。 (私は猫は大嫌ひです。猫のからだの中を考へると吐き出しさうになります。) 猫は停ってす
豊島与志雄
猫 豊島与志雄 猫は唯物主義だと云われている。 その説によれば、猫は飼主に属するよりも、より多く飼家に属するそうである。飼主の人間どもが転居する時、猫はそれに従って新居に落付くことなく、旧家に戻りたがる。それが空家になっていようと、或は新らしい人間どもが住んでいようと、そんなことには頓着なく、旧家に住み続けたがる。だから、三日飼われてその恩を三年忘れない犬と
斎藤茂吉
私の家のりにはいつも猫が五つも六つも集つて來てゐる。中には隣地に棄てられた小さいのが、その儘育つたのも居る。 ある時、野良か餘所の飼かどちらか知れぬが、牝猫が座敷に上つて來て、しきりに媚を呈するので別に追ひやることもせずに置いた。部屋には雜然と古雜誌が積んであつたし、書棚も碌に整理が出來ずごぢやごぢやになつてゐたし、床の間にはその時、ひとから箱書を二つばかり
寺田寅彦
ねずみと猫 寺田寅彦 一 今の住宅を建てる時に、どうか天井にねずみの入り込まないようにしてもらいたいという事を特に請負人に頼んでおいた。充分に注意しますとは言っていたが、なお工事中にも時々忘れないようにこの点を主張しておいた。大工にも直接に幾度も念をおしておいたが、自分で天井裏を点検するほどの勇気はさすがになかった。 引き移ってから数か月は無事であった。やか
宮沢賢治
軽便鉄道の停車場のちかくに、猫の第六事務所がありました。ここは主に、猫の歴史と地理をしらべるところでした。 書記はみな、短い黒の繻子の服を着て、それに大へんみんなに尊敬されましたから、何かの都合で書記をやめるものがあると、そこらの若い猫は、どれもどれも、みんなそのあとへ入りたがつてばたばたしました。 けれども、この事務所の書記の数はいつもただ四人ときまつてゐ
豊島与志雄
猫先生の弁 豊島与志雄 猫好きな人は、犬をあまり好かない。犬好きな人は、猫をあまり好かない。多少の例外はあるとしても、だいたいそう言える。猫と犬との性格の違いに由るのであろうか。 戦争前のことであるが、下谷花柳地の外れに、梅ヶ枝という小料理屋があった。出前を主にした店であったが、確かな品を食べさせてくれるので、ひいき客がだいぶあった。特別の連れがある時は二階
岩野泡鳴
「おい、大将」と呼びかけられて、猫八は今まで熱心に読み耽ってた講談倶楽部から目をその方に転じた。その声ですぐその人だとは分ってたので、心易い気になって、 「いよう、先生!」わざと惚けた顔つきをしてみせながら、「よくこの電車でお目にかかるじゃアございませんか――さては、何かいい巣でもこッちの方にできました、な?」 「なアに、巣鴨の巣、さ!」 「………」それには
寺田寅彦
三味の音は何処で出るといえば無論三筋の絃から起るが、絃自身から直接に空気に伝わる音は割合に弱いものである。大部分の音は絃につれて振動する胴に張った皮から空気に伝わる。単に絃を張った皮のみならず裏の皮からも伝わる。それだから三味を弾く時には裏の皮を身体にくっつけては駄目な訳であろう。要するに三味線の音の大部は胴に張った猫の皮から出ているのである。
南部修太郎
猫又先生 南部修太郎 高橋順介、それが猫又先生の本名である。 先生はT中學校の國語並に國文法の先生で、私達が四年級に進んだ年の四月に新任されたのである。而も、當然私達の擔任たるべく期待されてゐた歴史の杉山先生が、肺患が重つた爲めに辭任されたので、代つて私達のクラスを擔任されることになつた。杉山先生は若かつたが、中學校の先生には稀に見る程の温かな人格者で、而も
ペローシャルル
一 むかし、あるところに、三人むすこをもった、粉ひき男がありました。もともと、びんぼうでしたから、死んだあとで、こどもたちに分けてやる財産といっては、粉ひき臼をまわす風車と、ろばと、それから、猫一ぴきだけしかありませんでした。さていよいよ財産を分けることになりましたが、公証人や役場の書記を呼ぶではなし、しごくむぞうさに、一ばん上のむすこが、風車をもらい、二ば
夏目漱石
猫の広告文 夏目漱石 吾輩は猫である。名前はまだない。主人は教師である。迷亭は美学者、寒月は理学者、いづれも当代の変人、太平の逸民である。吾輩は幸にして此諸先生の知遇を辱ふするを得てこゝに其平生を読者に紹介するの光栄を有するのである。……吾輩は又猫相応の敬意を以て金田令夫人の鼻の高さを読者に報道し得るを一生の面目と思ふのである。……
豊島与志雄
猫性 豊島与志雄 誰にも逢いたくない、少しも口が利きたくない、そしてただ一人でじっとしていたい。そういう気持の時が屡々ある。これは意気阻喪の時ではなく、情意沈潜の時である。 私は純白か漆黒かの尾の長い猫なら、見当り次第幾匹でも飼いたいと思っている。それも、室内にとじこめられた単に愛玩具の外国産のものでなく、自由に戸外をもかけ廻る野性的な日本種がいい。尾の短い
豊島与志雄
猫捨坂 豊島与志雄 病院の裏手に、狭い急な坂がある。一方はコンクリートの塀で、坂上の塀外には数本の椎が深々と茂っている。他方は高い崖地で、コンクリートで築きあげられ、病院の研究室になっている。坂の中央に、幅二尺ほどの御影石が敷いてあり、そこが人間の通路で、両側には雑草が生え、石炭灰や塵芥がつもり、陶器の破片が散らばっている。全体が陰湿な感じだ。仔猫や病み猫な
小酒井不木
「母危篤すぐ帰れ」という電報を受取った私は、身仕度もそこそこに、郷里名古屋に帰るべく、東京駅にかけつけて、午後八時四十分発姫路行第二十九号列車に乗りこんだ。この列車は昨今「魔の列車」と呼ばれて盗難その他の犯罪に関する事件が頻々として起り、人々の恐怖の焦点となって居て、私も頗る気味が悪かったけれど、母の突然の病気が何であるのかわからず、或は母が既に死んだのでは
織田作之助
猫と杓子について 織田作之助 「エロチシズムと文学」というテエマが僕に与えられた課題であります。しかし、僕は「エロチシズムと文学」などというけちくさい取るに足らぬ問題について、口角泡を飛ばして喋るほど閑人でもなければ、物好きでもありません。ほかにもっと考えなければならぬ文学の本質的問題が沢山ありますし、だいいち、日本にはエロチシズムの文学などありません。エロ
萩原朔太郎
旅への誘いが、次第に私の空想から消えて行った。昔はただそれの表象、汽車や、汽船や、見知らぬ他国の町々やを、イメージするだけでも心が躍った。しかるに過去の経験は、旅が単なる「同一空間における同一事物の移動」にすぎないことを教えてくれた。何処へ行って見ても、同じような人間ばかり住んでおり、同じような村や町やで、同じような単調な生活を繰り返している。田舎のどこの小
寺田寅彦
猫の穴掘り 寺田寅彦 猫が庭へ出て用を便じようとしてまず前脚で土を引っかき小さな穴を掘起こして、そこへしゃがんで体の後端部をあてがう。しかしうまく用を便ぜられないと、また少し進んで別のところへ第二の穴を掘って更に第二の試みをする。それでもいけないと更に第三、第四と、結局目的を達するまでこの試みをつづけるのである。工合の悪いのが自分の体のせいでなくて地面の不適
楠山正雄
猫の草紙 楠山正雄 一 むかし、むかし、京都の町でねずみがたいそうあばれて、困ったことがありました。台所や戸棚の食べ物を盗み出すどころか、戸障子をかじったり、たんすに穴をあけて、着物をかみさいたり、夜も昼も天井うらやお座敷の隅をかけずりまわったりして、それはひどいいたずらのしほうだいをしていました。 そこでたまらなくなって、ある時お上からおふれが出て、方々の
田中貢太郎
猫の踊 猫の踊 田中貢太郎 老女は淋しい廊下を通って便所へ往った。もう夜半(よなか)を過ぎていた。真暗い部屋の前を通って廊下を右へ曲ると、有明の行灯の灯のうっすらと射した室(へや)へ来た。老女はその前へ往くとどうしたのか足を止めた。それはその室の中で何人(たれ)かが立ちはだかって、踊でもやってるのか調子のある軽い跫音をさして、そのものの影であろうぼんやりした
クラルテジュール
猿と云ふものは元から溜まらない程己に気に入つてゐる。第一人間に比べて見ると附合つて見て面白い処がある。それから顔の表情も人間よりははつきりしてゐて、手で優しく搦み付くところなぞは、人間が握手をするよりも正直に心持を見せてゐるのだ。それから猿の一番好い性質は、生利きにも猿を滑稽なものに言ひ做してゐる人間よりも、遙に残酷でないことである。猿は昔から人間の真似をし
宮本百合子
猿 猿 宮本百合子 人 物 ヨハネス (十八歳) エッダ (十六歳) エッダの母親 (四十歳前後) 場 所 デンマークの片田舎 時 或る秋 幕開く 第一 エッダの家の中 下手に、大きな鉄の蝶番(ちょうつがい)の付いた木の大扉、開け放してあり、傍の壁の三段の棚の上には、上部に大小の皿、下段には、鑵、硝子瓶その他、料理用の小道具が置いてある。 直ぐ
寺田寅彦
あひると猿 寺田寅彦 去年の夏信州沓掛駅に近い湯川の上流に沿うた谷あいの星野温泉に前後二回合わせて二週間ばかりを全く日常生活の煩いから免れて閑静に暮らしたのが、健康にも精神にも目に見えてよい効果があったように思われるので、ことしの夏も奮発して出かけて行った。 去年と同じ家のベランダに出て、軒にかぶさる厚朴の広葉を見上げ、屋前に広がる池の静かな水面を見おろした