加藤道夫
加藤道夫 · 日语
加藤道夫 · 日语
首段预览
原文 (日语)
戰後になつてから餘り見なくなつてしまつたが、學生時代には僕も隨分足繁く能樂堂に通つたものだ。併し、正直に言ふと僕自身「能」の世界に入り込める樣になるには大分時間がかゝつた樣である。初めのうちは退屈で居眠りをしたりした覺えもある。ところが次第に「能」の魂みたいなものが分つて來た。いゝ能とつまらない能の區別がはつきり分つて來た。能も結局、曲と演者で、この二つがぴつたり息が合つた時初めて醍醐味が出て來る。何か「目に見えない怪物」の樣に異樣な實在感が舞臺一杯にみなぎつて、我々の心を打つ。曲は矢張り世阿彌のものにそれが一番あると思つた。演者で好きなのは亡くなつた万三郎師と現在では六平太師である。今でも好きな人がいゝ曲を演ると時々見に行くが、藝の熟さない人のをみると同じ曲でも全然空ろな感じで、退屈してしまふ。 何もない舞臺で、きまりきつた展開法で、單調な謠ひ方と囃し方だけで演る極めて原始的な演劇形式だから、實に率直に作者と演者の内面が舞臺に反映する。内面の充實のない曲はどんなに迂餘曲折があつても面白くない。同樣にどんないゝ曲でも演者の意識が十分充實してゐないと「目に見えない怪物」は姿を現さない。此
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