萩原朔太郎
萩原朔太郎 · 日语
萩原朔太郎 · 日语
首段预览
原文 (日语)
僕は少年の時、島崎藤村氏と薄田泣菫氏の詩を愛讀した。やや長じて後は、蒲原有明氏や北原白秋氏の作を讀んだ。 藤村氏と泣菫氏とは、少年時代の僕にとつて共に同じやうに好きであつた。しかしどつちかと言へばむしろ泣菫の方が好きであつた。その理由は、泣菫の詩に於ける特殊な佶屈の言葉と、その詩情に本質してゐる孤獨な憂鬱の陰影とが僕の個性に近く接觸するものがあつたからだ。之れに反して藤村の詩は、僕にとつてあまりにナイーヴで明るすぎ、陰影のない不滿さを感じさせた。もし藤村をゲーテとすれば、當時の泣菫はキーツであつた。そして僕の個性は、ゲーテよりもキーツやシエレーに近かつた。 然るに最近、再び兩者の詩を讀み返して見て、やはり藤村の方がよく、眞の本質的なポエヂイをもつたところの、眞の純粹の詩であるといふことを強く感じた。泣菫の方は、どういふものか、僕にとつて昔の魅力を無くしてしまつた。 その理由の一つは、兩者の詩共、昔の初版の原本でなく、後に改造社や新潮社で出したところの、自選詩集によつて讀んだ爲であるか知れない。その泣菫氏の自選詩集には、僕が昔愛讀した詩が殆んど皆オミツトされ、僕の嫌ひだつた詩ばかりがしか
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