ねこばんばんせんせん
ガアグワンダ
むかしむかし あるところに ずいぶんな おじいさんと ずいぶんな おばあさんが おりました。 そのすまいは、 こぎれいな おうちで、 とぐちを のぞいて ぐるりと かだんが ございます。 ところが わびしい くらしなので、 しあわせな きもちには なれなかったのでした。 「ねこさえ いてくれりゃあねえ。」と おばあさんは ためいき。 「ねこ?」と おじいさん
公共领域世界知识图书馆
ガアグワンダ
むかしむかし あるところに ずいぶんな おじいさんと ずいぶんな おばあさんが おりました。 そのすまいは、 こぎれいな おうちで、 とぐちを のぞいて ぐるりと かだんが ございます。 ところが わびしい くらしなので、 しあわせな きもちには なれなかったのでした。 「ねこさえ いてくれりゃあねえ。」と おばあさんは ためいき。 「ねこ?」と おじいさん
豊島与志雄
世界で最も古い文化の一つは、アフリカ北海岸の一部のエジプトに開けました。また、近代文化の源となつてゐるギリシャやローマの文化は、アフリカの北海岸一帯にその光をなげかけました。その後、世界文化の中心は、西ヨーロッパに移つたやうな有様になりましたが、その西ヨーロッパから、アフリカはすぐ近い所にあります。 それにも拘はらず、このアフリカ大陸は、海岸地方が世に知られ
岸田国士
クロニック・モノロゲ 岸田國士 海岸の小さな貸別荘。 舞台は八畳と六畳の二間続きで、八畳には籐椅子、テーブルの他に本箱、寝台、六畳には、同じく寝台を中央に、箪笥、屏風、鏡台、衣桁、長椅子。 奥は一間の張出窓、硝子戸が締めてある。 長椅子に、女が倚りかゝつてゐる。女は毛糸の襟巻をし、腰から下を毛布で包み、紙人形をこしらへてゐる。 時々、歌を口吟むのだが、すぐに
福永信
年甲斐もなく不意に思い立った旅で、目的地も「できるだけ遠く」と決めただけで、列車に飛び乗った。 乗り合わせた年配の男と打ち解け、膝を、文字通り突き合わせて、とりとめなく身の上話をした。名前も知らぬ行きずりの者ら特有の親しさといったところだ。 「そうですか。それは、大変だったですね。何か助言ができればいいのだが」 「いいえ。そんなつもりで言ったのではないのです
宮沢賢治
シグナルとシグナレス 宮沢賢治 「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、 さそりの赤眼が 見えたころ、 四時から今朝も やって来た。 遠野の盆地は まっくらで、 つめたい水の 声ばかり。 ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、 凍えた砂利に 湯げを吐き、 火花を闇に まきながら、 蛇紋岩の 崖に来て、 やっと東が 燃えだした。 ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、 鳥
中原中也
今月から、何回かにわたつて、マルスリーヌ・デボルド―ルモオルの詩を、飜訳してゆかうと思ふ。 ルモオルは、我国に於ては、殆んどまだ知られてゐないが、当のフランスに於ては、ボードレエルによつて既に賞讃せられ、ルレーヌの有名な詩人論“Potes Maudits.”の中に、ルレーヌの認めて最も真物の詩人となした五人の詩人中に加へられてゐるのである。 マルスリーヌ・デ
竹内浩三
がらがら まぬけたいかづち がらがら トスカニニのゆく トスカニニのエロイカのゆく がらがら 花を見 蛇を見 むすめを見 見るものを見 がらがら 帽子を忘れ ステッキを忘れ ズボンを忘れ がらがら ひたぶる トスカニニのエロイカのゆく ●図書カード
新美南吉
ヌスビトト コヒツヂ 新美南吉 ヤワラカイ クサガ ミドリノ モウフノヤウニ ハヱテ ヰル ヒロツパニ タクサンノ ヒツジガ メイメイト ナキナガラ アソンデ ヰマシタ。 スルト ソコヘ ヒトリノ ヌスビトガ トホリカカリマシタ。オナカガ スイテ ヰル ヌスビトノ メニ、フト マルマルシタ コヒツジガ 一ピキ、ミンナト ハナレテ アソンデ ヰルノガ ウツリマ
トルストイレオ
千八百四十何年と云ふ頃であつた。ペエテルブルクに世間の人を皆びつくりさせるやうな出来事があつた。美男子の侯爵で、甲騎兵聯隊からお上の護衛に出てゐる大隊の隊長である。この士官は今に侍従武官に任命せられるだらうと皆が評判してゐたのである。侍従武官にすると云ふ事はニコラウス第一世の時代には陸軍の将校として最も名誉ある抜擢であつた。この士官は美貌の女官と結婚する事に
グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール
ある大きな森のはずれに、ひとりの貧乏な木こりが、おかみさんと、ふたりの子どもといっしょに住んでいました。ふたりの子どもは、男の子がヘンゼル、女の子はグレーテルといいました。この木こりは、ふだんでもろくに食べるものがありませんでしたが、ある年、国じゅうに大ききんがおこったため、こんどは、まい日のパンさえ食べることができなくなりました。木こりは、晩に寝床へはいっ
グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール
一 まずしい木こりの男が、大きな森の近くにこやをもって、おかみさんとふたりのこどもとでくらしていました。ふたりのこどものうち、男の子がヘンゼル、女の子がグレーテルといいました。しがなくくらして、ろくろく歯にあたるたべものを、これまでもたべずに来たのですが、ある年、国じゅうが大ききんで、それこそ、日日のパンが口にはいらなくなりました。木こりは、晩、寝床にはいっ
中谷宇吉郎
正月のオール讀物に『アメリカの藝者物語』というものを書いたら、お前もだいぶ墮落したと、方々でいわれた。どうも中を讀まないで、題目を新聞廣告で見ただけで、批評されるのだからたまらない。もっともオールなどとは縁の遠い高級な人には、用のない話なのである。 話の内容は、アメリカには、原則として藝者や女給はいないが、その代り、同伴の夫人たちが、藝者の役目をつとめ、巧く
岸田国士
ポオル・エルヴィユウ 岸田國士 千八百九十五年、「鋏」(Les Tenailles)を発表して一躍劇壇の注目を惹いたポオル・エルヴィユウ(Paul Hervieu)は、千八百九十七年「人の掟」(La Loi de l'Homme)三幕が国立劇場の上演目録中に加へられる幸運(?)を担ひ、次で千九百一年、ヴォオトヴィル座に於ける「炬火おくり」(La Course
寺田寅彦
ラジオ・モンタージュ 寺田寅彦 プドーフキンやエイゼンシュテインらの映画の芸術的価値が世界的に認められると同時に彼らのいわゆるモンタージュの理論がだいぶ持てはやされ、日本でもある方面ではこのモンタージュということが一種のはやり言葉になったかのように見える。この言葉の意味については本家本元の二人の間にも異論があるそうであって、これについては近ごろの読売新聞紙上
川合貞一
筆者は一九〇一年から一九〇三年にかけてライプチヒ大学にまなび、ヴントの講義を聴いた。丁度いまから半世紀前のことである。したがってその記憶も最早ぼやけてしまっている。しかしこの思出を書くについて彼の自伝(Erebtes und Erkanntes 1920)をひもといて見ると、彼の思想その他について、これまで漠然と考えていたことがかなりはっきりしてきたように思
喜田貞吉
僻陬の地に先住民族がながく取り遺されるという事は、今さら事新しく言うまでもないところで、現に台湾東部の山地には、近くその実際を見るのである。これを我が古史に徴するに、西南薩隅の地に夷人と呼ばれた隼人が奈良朝頃までもなお残存し、東北奥羽の地方には平安朝に至ってなお蝦夷が猖獗を極めたところのもの、いずれもかつては広く分布していたこれらの先住民族が、中央に近いとこ
小川未明
はたけの 中で、きょうだいの のねずみが ふるえて いますと、とおりかかった いえねずみが、 「冬の あいだだけ わたしの うちへ おいでなさい。」 と いいました。 「ありがとう ございます。けれど、ねこが いますでしょう。」 と、のねずみが ききました。 「だいじょうぶですよ。いつも こたつに はいって ねむって いますから。」 と、いえねずみは わらい
小川未明
夜が ながく なりました。おかあさんは おしごとを なさって います。その そばで、きょうだいは 火ばちに あたりながら、くりを たべて いました。 「リンリン リンって、なんの 音だろう。」 ふいに、正ちゃんは あたまを あげました。 「ねずみが おかってへ でて、なべに さわったのでしょう。」 と、おかあさんは おっしゃいました。 「武ちゃんが 三りん車
新美南吉
こぞうさんの おきょう 新美南吉 やまでらの おしょうさんが びょうきに なりましたので、かわりに こぞうさんが だんかへ おきょうを よみに いきました。 おきょうを わすれないように、こぞうさんは みちみち よんで いきました。 キミョ ムリョ ジュノ ライ すると なたねばたけの なかに うさぎが いて、 「こぼうず あおぼうず。」 と よびました。
ポタービアトリクス
モニカを はじめとする まだみぬ ちいさな おともだちへ むかしむかし あるところに つまさきチミーという ころころぷくぷく おきらくな はいいろりすが おりました。 たかい きの てっぺんに くさぶきの すみかがあって、 グディという おくさんの りすも います。 つまさきチミーは そとで すわって、 そよかぜを たのしんでいました。 しっぽを ひとふりし
小川未明
あかとらが、みけに であって、 「その くびに つけた、ぴかぴかする ものは なんですか。」 と ききました。 「うちの ぼっちゃんが、つけて くれた すずです。」 と、みけが こたえました。 「どれ、あるいて ごらんなさい。」 みけが あるくと、カラカラ カラと すずが なりました。 「あっはは、ごうがいやさんみたいだ。」 と、あかとらが わらいました。
ポーエドガー・アラン
それをなんと言うのだ? わが道に立つかの妖怪、恐ろしき良心とは? チェインバリン(1)「ファロニダ」 さしあたり、私は自分をウィリアム・ウィルスンという名にしておくことにしよう。わざわざ本名をしるして、いま自分の前にあるきれいなページをよごすほどのことはない。その私の名前は、すでにあまりにわが家門の侮蔑の――恐怖の――嫌悪の対象でありすぎている。怒った風は、
新美南吉
ウグヒスブエヲ フケバ 新美南吉 ムラノ コドモタチガ ウグヒスブエヲ フキマシタ。 ミンナデ イツシヨニ ニギヤカニ フキマシタ。 「ケキヨケキヨケキヨ、ヨ、 ケキヨケキヨ、ヨ」 ミンナハ アタタカク ナツテ クルト ハヲリヲ ヌイデ フキマシタ。 スルト モリヤ ヤブノ ナカニ ヰタ ウグヒスタチハ ソレヲ キキマシタ。 ソコデ、ウグヒスタチハ ミンナデ
中谷宇吉郎
夏期コースがすんで、やっと休みになったというのに、娘の一人が、机にしがみついて、何か一所懸命にやっている。「試驗がすんだから、勉強を始めているのかい」と冷やかしたら、「そうじゃないのよ。今三千ドル儲けている最中よ」という。見ると、新聞のクロス・ワーズ・パズルである。 アメリカの新聞には、よくこの手があって、簡單そうなクロス・ワーズ・パズルを出して、正解者には