Vol. 2May 2026

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山越しの阿弥陀像の画因

折口信夫

山越しの阿弥陀像の画因 折口信夫 極楽の東門に 向ふ難波の西の海 入り日の影も 舞ふとかや渡来文化が、渡来当時の姿をさながら持ち伝へてゐると思はれながら、いつか内容は、我が国生得のものと入りかはつてゐる。さうした例の一つとして、日本人の考へた山越しの阿弥陀像の由来と、之が書きたくなつた、私一個の事情をこゝに書きつける。 「山越しの弥陀をめぐる不思議」――大体

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山遊び

木下利玄

足守川にかゝつて居る葵橋を渡る頃は秋晴の太陽が豐年の田圃に暗く照つて居た。八幡樣の山では松の木立の下に雜木がほのかに黄ばんで櫨の木の紅葉の深紅なのが一本美しく日に透いて居るのが長閑に見えた。河原には、未だ枯れぬ秋の草が野菊交り、色の褪せた死人花交りに未だ青く殘つて居て、親馬についた子馬が其の草を食つて居た。澄んだ細い流れは、日を受けてその間に光つて居た。 隱

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山道

中里介山

山道 中里介山 大正十何年の五月、甲斐の国の塩山の駅から大菩薩峠に向って馬を進めて行く一人の旅人がありました。 中折の帽子をかぶって、脊広の洋服に糸楯、草鞋脚半といういでたちで頬かむりした馬子に馬の口を取らせて、塩山からほぼ、三里の大菩薩峠を目ざして行く時は前にいった通り陽春の五月、日はまさしく端午の当日であります。沿道の谷々には桃李が笑っている、村々には鯉

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山間の旅舎

田山花袋

山と山との間である。雨が降つてゐる。かなり強く降つてゐる。汽車の窓から覗くと、谷川が凄じく音を立てゝ白く砕けて流れてゐるのが見える。汽車の速力は次第に緩くなつて、やがて山の腹のやうなところに行つて留つた。小さな停車場――ほつ立小屋のやうな停車場がそこにあつた。B達は下りた。 B達は以前からそこで下りたいとは思はないではなかつたが、この雨ではとても下りることは

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山間秘話

中原中也

春であつた。牡兎の血の環りはよくなつてゐた。勇ましくはないまでも、しやきしやきしてゐた。一日兎は森に這入つて行つた、牝狐を訪ねる算段で。彼が森の径を巡つてゐる時、牝狐は家で囲炉裡にあたつてゐた。仔狐達は窓の近くで遊んでゐた。牡兎が森の方からやつてくるのを見付けると牝狐は、急いで子供達に云つた、「何時もの彼が来たらば、私は家にゐないとお云ひ。あれは私を誘き出す

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山を降る一隊

牧野信一

「メートル係り。」 それが私の仕事である。 伐木場から橇で運ばれて来る木材の切り口を物差で計るのである。私は槍のやうに長い物差を振り廻して木口の寸法を計ると、 「何メートル、何々……」 と非常に大きな声で――相当の間隔のある事務所の窓口でそれを即座に記帳する係の者に一ト声で易々と聞きとれる程度に、だから、それは兵卒に向つて照尺の度合を命令する指揮官の号令ほど

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山陰土産

島崎藤村

山陰土産 島崎藤村 一 大阪より城崎へ 朝曇りのした空もまだすゞしいうちに、大阪の宿を發つたのは、七月の八日であつた。夏帽子一つ、洋傘一本、東京を出る前の日に「出來」で間に合はせて來た編あげの靴も草鞋をはいた思ひで、身輕な旅となつた。 こんなに無雜作に山陰行の旅に上ることの出來たのはうれしい。もつとも、今度は私一人の旅でもない。東京から次男の鷄二をも伴つて來

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山陰の風景 ――歌になるところ――

木下利玄

山陰と云つても、東は丹後但馬から西は石見に及んでゐて、區域が廣いからさし當りここでは、但馬の城崎附近を書いて見よう。 又歌になる所と云つても、好い眼さへ持つてゐれば、何處にも詩は見出されるのだから、今は私に興味があつた處をあげてゆくに止める。 城崎温泉 城崎の町は、山陰線が北上して、日本海の海岸へ出ようとする一里ばかり手前で、西へ折れてゐる、其曲り角の處に當

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山雀

薄田泣菫

山雀 薄田泣菫 一 私の近くにアメリカ帰りの老紳士が住んでをります。その人が今年の春六甲山へ登つて、その帰りにあたりの松林で小鳥の巣を見つけました。巣にはやつと羽が生えかけたばかしの雛が四羽をりました。雛は老紳士を見ると、口を一ぱいに開けて、ちいちいと鳴きました。 「可愛い奴だな。俺の顔を見ると、あんなにものを欲しがつてゐるよ」 老紳士は何か持ち合せはないか

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山の雪

高村光太郎

山の雪 高村光太郎 わたしは雪が大好きで、雪がふってくるとおもてにとび出し、あたまから雪を白くかぶるのがおもしろくてたまらない。 わたしは日本の北の方、岩手県の山の中にすんでいるので、十一月ごろからそろそろ雪のふるのを見ることができ、十二月末にはもういちめんにまっしろになったけしきをまいにち見る。このへんでは、平均一メートルくらいしかつもらないけれども、小屋

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山に雪光る

小川未明

いろいろの店にまじって、一けんの筆屋がありました。おじいさんが、店先にすわって太い筆や、細い筆をつくっていました。でき上がった筆は、他へおろしうりにうるのもあれば、また自分の店において、お客へうるのもありました。昔とちがい、このごろは、鉛筆や万年筆をつかうことが多く、筆をつかうことはすくなかったのです。しかし、大きな字を書いたり、お習字をしたりするときは、筆

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山の霜月舞 ――花祭り解説――

折口信夫

まだあの時のひそかな感動は、消されないでゐます。小正月を控へた残雪の山の急斜面、青い麦の葉生えをそよがしてゐた微風、目ざす夜祭りの村への距離を遠く感じさせる笛の響き、其後幾度とも知れぬほど、私どもの花祭りにあひに出かける心の底には、此記憶がひろがつて居るのです。五年ほど此方、初春にさへなると、三・信・遠、三州の境山へ、ものにおびかれた様になつた訣は、この「花

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山の音を聴きながら

折口信夫

山の音を聴きながら 折口信夫 ようべは初めて、澄んだ空を見た。宇都宮辺と思はれる空高く、頻りに稲光りがする。もう十分秋になつて居るのに、虫一疋鳴かない。小山の上の大きな石に腰をおろして居ると、冷さが、身に沁みて来るやうだ。物音一つしない山の中に、幽かに断え間なく響いて居るのは、夜鷹が谷の向うに居るのだらう。八時近くなつて、月の光りが明るくさして来た。八月末に

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山の駅

桜間中庸

汽車がきてます山の驛 驛長さんと機關手と お話してます立つたまゝ 生れたお國のことなどを 馬もきてます馬車の馬 プラツトホームは山つづき 月見草など咲いてゐて 虫がこもつて鳴いてます まもなく出るでせうあの汽車は 時計をみてます驛長さん 空をみながら機關手は 機關車の方へ歩きます 雲が近くてこの驛は 汽笛の音がふくれます トンネルからきたあの汽車は またトン

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山の魅力

木暮理太郎

夏の登山が今日のように盛になったのは、色々の原因があるにしても、山が何かしらん人の心をしっかりと捉えずには置かない、強い魅力を持っている為である。人真似であろうが流行かぶれであろうが、登山の動機は何であっても、二度三度と行く中には、真実に山が好きになって、機会さえあれば如何しても登らないではいられないようになる。平地では夢想だもしなかった、登山者の前にのみ次

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山麓

坂口安吾

あの頃私は疲れてゐた。遠い山麓の信夫の家で疲れた古い手を眺めてゐた、あの頃。 山麓の一人の女、信夫の奥さんと顔をあはせる。さうすると、ひつそりした山麓の空気が私の鼻先の部分だけ小さくびる/\と震え、そこに出来た小つちやな真空の中へ冷めたい花粉が溢れてきて、空気の隙間をとほり、私の耳の周りをもや/\して、こまつちやくれた秋風となつて、私の額へ癇癪と考へ深い皺を

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岐阜提灯

田中貢太郎

真澄はその晩も台所へ往って、酒宴の後しまつをしている婢から、二本の残酒と一皿の肴をもらって来て飲んでいた。事務に不熱心と云うことで一年余り勤めていた会社をしくじり、母の妹の縁づいている家で世話になって勤め口を捜しているが、折悪しく戦後の不景気に出くわしたので口が見つからないけれども、生れつきの暢気な彼は、台所の酒を盗み出したり残酒をもらったりして、それを唯一

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岡の家

鈴木三重吉

岡の家 鈴木三重吉 岡の上に百姓のお家がありました。家がびんぼうで手つだいの人をやとうことも出来ないので、小さな男の子が、お父さんと一しょにはたらいていました。男の子は、まいにち野へ出たり、こくもつ小屋の中で仕事をしたりして、いちんちじゅう休みなくはたらきました。そして、夕方になるとやっと一時間だけ、かってにあそぶ時間をもらいました。 そのときには、男の子は

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岡本一平著並画『探訪画趣』序

夏目漱石

岡本一平著並画『探訪画趣』序 夏目漱石 私は朝日新聞に出るあなたの描いた漫画に多大な興味を有っている一人であります。いつか社の鎌田君に其話をして、あれなりにして捨ててしまうのは惜しいものだ、今のうちに纏めて出版したら可かろうにと云った事があります。其後あなた自身が見えた時、私はあなたに自分の描いたものはみんな保存してあるでしょうねと聞いたら、あなたは大抵散逸

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岡田君のこと

岸田国士

巴里で岡田君と別れてから、もう十二三年になる。彼はその後、南フランスのゴオドといふ海岸へ移り住み、まつたく土地の人になつてしまつてゐるらしい。 巴里時代には、お互に貧乏であつたが、時とすると彼はその貧乏振りで流石の僕を感嘆させたものである。青山熊治君にも、やつぱりさういふところがあつた。しかし、岡田君は何時でも紳士然としてゐて、放浪者の惨めさを何処にもみせな

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岡田糓君の個展

岸田国士

私が巴里で岡田君を識つたのは、欧洲大戦の終つた一九一九年の初めでありました。同君は既に私より早く巴里に来てゐて、いろいろ巴里の生活に関する知識を与へてくれ、その上、窮乏のどん底にありながら、仕事に魂を打ち込んでゐる有様が、私をまた、絶えず刺激し鞭韃したことも事実であります。 岡田君は、絵について全くの素人である私に、自分の抱負と、既に歩みつゝある道について語

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岡ふぐ談

佐藤垢石

岡ふぐ談 佐藤垢石 今年は、五十年来の不作で、我々善良なる国民は来年の三月頃から七月頃にかけ、餓死するであろうという政府の役人の仰せである。そんなことなら爆弾を浴びて死んだ方がよかったというかも知れないが、運悪く生き残ってしまったのであるから、なんとしても致し方がない。幸い、防空壕を埋めないで置いてあるから、いよいよ飢餓が迫ってきたならば壕の底へ長々と伸びて

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ふしぎな岩

林芙美子

夜になって、ふしぎな岩は、そっと動きはじめました。岩が動くってへんですね。 あわいお星さまをすかして、霧のような山風が、ひくい谷間から、ごう、ごう、ごうと吹きあげています。どこかの森の方で、フクロウが鳴いています。岩は、どっこいしょと起きあがって、せいいっぱいにのびをしました。 「ああ、いい気候になったな……遠いところへ旅行をしてみたいな。」 と、ふしぎな岩

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