ゴルフと「悪い仲間」
坂口安吾
ゴルフと「悪い仲間」 坂口安吾 六月十五日 昨夜来徹夜。正午すぎ講談倶楽部原稿書きおわる。それから一パイやってるところへ新潮の菅原君来訪。小林秀雄、今日出海両君とゴルフ対戦のことで話があった。両君側の意見ではコースは両居住地の中間ぐらいのところに定めたい由。これには賛成。次にハンディが欲しい由。これには反対。 両君はボクのゴルフを買いかぶっているようだ。ボク
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坂口安吾
ゴルフと「悪い仲間」 坂口安吾 六月十五日 昨夜来徹夜。正午すぎ講談倶楽部原稿書きおわる。それから一パイやってるところへ新潮の菅原君来訪。小林秀雄、今日出海両君とゴルフ対戦のことで話があった。両君側の意見ではコースは両居住地の中間ぐらいのところに定めたい由。これには賛成。次にハンディが欲しい由。これには反対。 両君はボクのゴルフを買いかぶっているようだ。ボク
田中貢太郎
何時の比のことであったか朝鮮の王城から南に当る村に鄭と云う老宰相が住んでいた。その宰相の家には宣揚と云う独り児の秀才があったが、それが十八歳になると父の宰相は、同族の両班の家から一人の女を見つけて来てそれを我が児の嫁にした。 宣揚の夫人となった女は花のような姿をしていた。宣揚は従来にない幸福を感じて、夫人を傍からはなさなかったが、朝鮮の風習として結婚した両班
牧野信一
小田原から静岡へ去つて、そこで雛妓のお光とたつた二人だけで小さな芸妓屋を始めたといふ話のお蝶を訪ねよう――さう思ふことゝ、米国ボストンのFに、最近の自分の消息を知らせなければならないこと――。 この二つのことだけは、近頃彼が、自ら例へて冬籠りの地虫の心になつてゐる因循な頭に、いくらかの積極性を与へた。母や清親などゝ野蛮な争ひをした揚句、その儘周子と三歳の英一
末吉安持
こは悪夢、あゝ神よ、 夢はふたたび見せざれな、 われには斯かる嫉み無し。 貴にたきをみなごは あまたの人に思はれよ。 かく思ひ、わかるゝ日、 笑みやはらかに、君が手を 握りつゝ拝しけり。 ●図書カード
中村地平
辺りをはばかる低い声で、山岸花子に呼ばれたやうな気がしたので、文科大学生の根上三吉は机の前から起ちあがり、電燈のコードをひつ張つて窓の外を覗いた。簡単服に足駄といふ花子の姿と、彼女の丈け位ゐある羽鶏頭が庭には照しだされた。いつもは玄関からあがつてくるのに、夜更けのせゐにしても裏木戸から廻つてくるのはおかしい、それに顔いろもわるいやうだが、電燈のせゐかな、など
豊島与志雄
悪夢 豊島与志雄 私は時々、変梃な気持になることがある。脾肉の歎に堪えないと云ったような、むずむずした凶悪な風が、心の底から吹き起ってくることがある。先ず第一に、或る漠然とした息苦しさを覚える。何もかもつまらなくなる。会社の下っ端に雇われて、毎日午前九時から、午後四時まで、時には六時過ぎまで、無意味な数字を、算盤でひねくりまわしたり、帳簿に記入したり、そして
原民喜
悪夢 原民喜 僕は外食に出掛けて行くため裏通りを歩いている。ある角を曲って二三歩行ったかと思うと僕の視線は何気なく四五米先の二階の窓の方に漂う。反射的に立ちどまる。空間をたち切って突然、黒い一箇の塊りが墜落して行く。二階の窓際で遊んでいた子供なのだ。子供の体はどしんとアスフアルトに衝突する。ざくっという音響がきこえる。僕の体のなかにも、ずしんと何か音がひびく
坂口安吾
悪妻には一般的な型はない。女房と亭主の個性の相対的なものであるから、わが平野謙の如く(彼は僕らの仲間では大愛妻家という定説だ)先日両手をホータイでまき、日本が木綿不足で困っているなどとは想像もできない物々しいホータイだ。肉がえぐられる深傷だという無慙な話であるけれども、彼の方が女房の横ッ面をヒッパたいたことすらもないという沈着なる性格、深遠なる心境、まさしく
坂口安吾
悪妻論 坂口安吾 悪妻には一般的な型はない。女房と亭主の個性の相対的なものであるから、わが平野謙の如く(彼は僕らの仲間では大愛妻家といふ定説だ)先日両手をホータイでまき、日本が木綿不足で困つてゐるなどゝは想像もできない物々しいホータイだ。肉がゑぐられる深傷だといふ無慙な話であるけれども、彼の方が女房の横ッ面をヒッパたいたことすらもないといふ沈着なる性格、深遠
ホワイトフレッド・M
有名探偵の逸話は小説などで頻繁に書かれてきたが、悪名犯罪者のは……ない。 大胆な意見とは言え、やはり本当だ。名うての悪党なら早晩見つかると自覚し、それなりの生き方をする。そして結局最後には捕まる。しかしながら、あまた大悪党がいる中で、何かしら尊敬じみた生涯を送ったのも存在するに違いない。そんな人物は小説にとって極めて新鮮だろう。よって、ここにシャーロック・ホ
ホワイトフレッド・M
カリバッドの藩王が当分、ジョルマイン・ストリートに逗留中だ。あすウィンザー城の定例晩餐会に出席するよう命じられている。その間ホテルを事実上、借り切った。 道徳なんて藩王にはない。今までどんな場合も必要なかった。でも金持ちだからインド商会は、ちやほやした。 インド商会の目下の関心は、この高名な藩王からの分け前、例えば領土とか、人夫とか、ダイヤモンドだ。だからウ
ホワイトフレッド・M
サックビル・メインはまだしらふで、相客もほぼそうだった。モーニントン・アームズ・ホテルの大理石時計が時を刻んでいる。メインは長年の酒びたりでも、領主の雰囲気を失ってない。でも領主に必要な領地はとっくに失くしていた。 夕餉の礼儀作法も失ってない。丁重に讃えた夕食は、相客カブア公爵が旅行中にもてなしてくれたものだ。ワインなどこれ以上望めないほどだった。 相客のカ
ホワイトフレッド・M
デイリイ・テレフォン紙の六月十九日最終版が次の記事を報じた。 『ランドストランド共和国がケープ連邦商会に対して行った請求金額が遂に決定した。同国の裁定官は損害を百万ポンドと査定し、向う四週間以内に支払うよう命じた。これがモリソン号撃沈事件の最終章になるか見ものである。南アからの最新情報を信頼すれば、本件は単なる序章に過ぎない』 何千人という英国関係者が朝コー
ホワイトフレッド・M
「女王だったらなあ」 とコーラ・コベントリがのたまった。 唯一の聞き手の男がほほ笑んだ。コーラの滑やかな腕の所に笠ランプがあり、赤い絹笠が男の胸を斜めに照らし、血のように染めた。部屋はと言えば、華麗な冥界のようで、目立つというより洗練されている。 コーラ・コベントリは魅惑的な謎に満ちている。少なくとも魅力はド派手な格好のせいじゃない。たぶん、しっとり濡れた黒
ホワイトフレッド・M
ジョブ・ポッターという名前はどんなに想像を膨らませても語呂がいいと言えないが、億万長者なら些細なことだ。億万長者ポッターと、伊達男ホン・オーガスタス・ヴァンシターとの間には大きな隔たりがある。しかし様々な理由で両者は友達になった。 普通の小柄な男が億万長者のポッター、狡猾だ。伊達男ヴァンシターからは実入りなんて得られない。ただ遙か英国にいるポッター夫人が社会
ホワイトフレッド・M
「ムッシュ、この書類ですが、この眼の前の書類で、私が嘘つきか分かります。ああ、出来れば自分で使いたかった」 「つまりそうしないということか」 とフィリックス・グライドが訊いた。 対面の小柄で陽気なフランス人が、ひきつり笑いした。ジュール・ファルビは決して悪相じゃないし、応対も良く、言葉も上品だが、でもほら、目の肥えたグライドにかかれば、囚人の影がばればれだっ
ホワイトフレッド・M
グライドが相棒をしげしげ眺めた。あけすけにそうできる単純な理由は、相手が盲人の為だ。とはいえ、切羽詰まってガラクタに手を出したわけじゃないし、自分なりにはっきりと儲けが見えたからだ。 相手のフランク・チェイスモアは、かつて美男子だったに違いないが、後年大事故に会って、乾燥クルミみたいな傷跡が残り、視力も失っていた。 グライドが慎重に言った。 「君の発明品を購
ホワイトフレッド・M
ちょっと生々しい騒動が昨年早々起り、当時アンジェラ・ラブ事件と呼ばれた。 ラブ令嬢は、舞台で急速に頭角を現し、類まれな美貌と端麗な容姿、素敵な笑顔を振りまいていたレディである。 むかしラブ船長という篤志家がおり、孤児のアンジェラは文無しだったので、手っ取り早い生活手段としてラブ船長の養子になった。 本当の女優じゃないことなど、最終的に成功したからどうでもいい
ホワイトフレッド・M
この数カ月、突如大宣伝をぶった新薬といえば、最新最強のクライソリン薬以外にない。効能書きは驚くべきものだ。心臓病から脳卒中まで何でも、この特効薬が一本あればころりと直り、値段はたった二十五セントと激安で、普通の人が普通の暮らしをしていれば買えるほど安いとか。 今までこれほど巧みな宣伝はない。ほらふき、つまり広告屋に、高額費用を払い、広大なアメリカで実に斬新か
ホワイトフレッド・M
グライドが自分のクラブで、ミネリア国大使を晩餐に接待していた。ここでグライドはデュマレスク伯爵と称し、最近英国に赴任した南米財務長官という触れ込みだ。 普段は慇懃無礼に振る舞い、仲間内と距離を保ち、あれこれ詮索されないようにしていた。あとは細身、褐色の肌、ボタン穴に何かの外国爵位勲章をかけ、ひけらかしている。 相手のミネリア国のドン・マルコス大使も細身の褐色
ホワイトフレッド・M
クレタ島の騒動が大きくなった。連日クロニクル新聞がいきり立ち、英国に行動を求めたが、世間は平常通り。分別のある人々が興奮しない理由は、高慢ちきなギリシャ人が名声と、クレタ島の両方を狙っていたからだ。 だが解放の為に、今なお何千という人々が金も同情も得ようと虎視眈々だった。そしてクロニクル紙アテネ特派員発、マルコス将軍が英国へ渡航中と報じるや、ちょっとした興奮
牧野信一
悪筆 牧野信一 縁側の敷居には硝子戸がはまつてゐる。 あたり前の家と同じく勿論これは昼間だけの要で、夜になれば外側に雨戸が引かれるのだと私は、はじめ思つてゐたのだつたが、それが、これ一枚で雨戸兼帯だつた。――夜になると、この内側には幕を降ろさなければならなかつた。 八畳、四畳半、玄関三畳――間数はこの三間で、家の形ちは正長方形である。私は、この家の主人となつ
久生十蘭
ルネ・ゴロン Ren Gorron はオウブ県ノジャン警察署の刑事を振出しに、巴里警視庁捜査局の第一課長から司法監察官になり、一九二六年に隠退するまでの二十六年の間に「ビペスコ伯爵夫人事件」「パスカルの三重殺人事件」「反射鏡事件」等々、フランスに起った大きな事件をほとんどみな手懸けている。中でも、前大戦中、二百八十三人の女性を誘惑し、十人を惨殺した「青髯のラ
小川未明
道の上が白く乾いて、風が音を立てずに木を揺っていた。家々の前に立っている人は、何か怖しい気持に襲われているように眼をきょときょとしながら、耳を立てて、爪先で音を立てぬように、互に寄り添って、耳から耳へと語り合っていた。 頃は四月であった。暗い曇った日の午後である。杉の木の闇には、羽の白い虫が上下に飛んでいる、ちょうど機を織っているようだ。沈黙の中に、何物かを