Vol. 2May 2026

图书

公共领域世界知识图书馆

共 14,981 本中显示 8,544 本

新たに法学部に入学された諸君へ

末弘厳太郎

私はかつて『法学入門』と題する本のなかで、法学入門者に対する法学研究上の注意について多少のことを書いた。同書は元来、「現代法学全集」の読者を相手として書かれたもので、いわば法学研究者一般、殊に独学者を仮想の相手として書かれたものである。ここではこれと違って、この四月新たに諸大学の法学部に入学された諸君を特に相手として、勉学上注意されたらいいと思うことを一、二

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新潟の酒

坂口安吾

新潟の酒 坂口安吾 新潟へ帰ることはめつたにないが、先年村山政司氏等の個人展を新潟新聞楼上にひらいたとき、私も三週間ほど新潟に泊つた。展覧会より呑みまはるのが忙しくて商売のやうな有様だつたが、驚いたのは新潟の酒が安くてうまいことだつた。屋台店の酒すら充分のめるのである。和田成章氏の案内で「おきな」といふ待合で鯨飲した時は待合酒の素晴らしさに一驚した。我々の考

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新しい潮

宮本百合子

新しい潮 宮本百合子 一 このたびのアメリカ大統領選挙は、まったく世界の広場のまんなかで、世界じゅうの注目をあつめて、たたかわれた。どこの国でも日本のように共和党の候補者デューイの当選が確実だと、あれほど宣伝されていたのだろうか。日本での宣伝はひどかった。十一月三日の開票日の前日、日本の代表的な新聞はデューイ氏当選確実、共和党早くも祝賀会準備と、まるで丸の内

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『新潮』十月新人号小説評

梶井基次郎

『新潮』十月新人號小説評 梶井基次郎 子を失ふ話 (木村庄三郎氏) 書かれてゐるのは優れた個人でもない、ただあり來りの人間である。それらが不自然な關係の下に抑壓された本能を解放しようとして苦しむ。作者は客觀的な態度で個々の人物に即し個々の場面を追ひつゝ書き進んでゐる。作者は人物の氣持や場面を近くに引付けてヴイヴイツドに書くことに長じてゐる人であるが、この作品

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新しい生

田山花袋

吾々はある意味に於ては、即かなければならない。ある意味に於ては、離れなければならない。しかし、吾々は即くばかりで生きてをられるものではない。また離れるばかりで生きてをられるものではない。即くと同時に離れがあり、離と同時に即がある。これが即ち吾々である。あらゆる矛盾があり、あらゆる撞着のあるのが即ち吾々である。更に言葉を更へて言へば、大きい心ほど、自然に近い心

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新生の門 ――栃木の女囚刑務所を訪ねて

林芙美子

わたしは刑務所を見にゆくと云うことは初めてのことです。早い朝の汽車のなかで、わたしは呆んやり色々のことを考えていました。 この刑務所をみにゆくと云うことは、本当は一ヶ月前からたのまれていたのですけれど、何だか自分の気持ちのなかに躊躇するものがあって、のびのびに今日まで待ってもらっていたのです。 朝の汽車はたいへん爽かに走っています。野も山も鮮やかな緑に萌えた

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新しい町

小川未明

もくら、もくらと、白い雲が、大空に頭をならべる季節となりました。遠くつづく道も、りょうがわの町も、まぶしい日の光をあびています。戦争のためやけたあとにも、新しいバラックができ、いつしか昔のようなにぎやかさをとりかえし、この先発展をにおわせて、なんとなく、わかわかしい希望を感ずるのでありました。 道ばたの露店は、たいてい戦災者か、復員した人たちの、生活をいとな

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新しい町

小川未明

あるところに、母と子と二人が貧しい暮らしをしていました。少年の名を幸三といいました。彼は、子供ながらに働いて、わずかに得た金で年老った母を養っているのでありました。 彼は、朝は、早く勤めに出かけて、午後は、晩方おそくまで働いて、帰りには、どんなに母が待っていなさるだろうと思って、急いでくるのをつねとしていました。 わざわいは、けっして、家を撰び、その人を撰ぶ

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新疆所感

日野強

新疆所感 日野強 予が嘉峪関をこえて新疆を横断し、カラコルム山脈を超越しおわりしまでに費したる日数、約三百日、その間親しく天山山脈に沿う高原を視察し、タリム河に瀕する平野を踏査して、耳聞目睹したる結果は、五十八万方マイルの大宝庫、古来蛮雲のとざす所となりて、空しく草莱(そうらい)に委し、二百万の生霊、なお瘴烟(しょうえん)の裡に包まれて、いたずらに混沌として

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新短歌に就いて

中原中也

新短歌に就いて論ずることは、非常に困難なことに思はれる。すべて芸術上の新様式の発生期に当つてその新様式を是非することは、予想外の困難を伴ふことだし、大概の場合正鵠を射当てることはない。そんなわけで私は今どんな断定的な態度をもとることは出来ない。私は此の新生児を抱いて、七転八倒してみるだけのことである。 扨新短歌は、既に新しい様式として存在してゐるか? 或ひは

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新らしき祖先

相馬泰三

或る年の、四月半ばの或る晴れた日、地主宇沢家の邸裏の畑地へ二十人ばかりの人足が入りこんで、お喋舌をしたり鼻唄を唄つたりして賑かに立働いてゐた。或る者は鋤を持つて溝を掘り、或る者はそこから掘上げられた土を運んで、地続きになつてゐる凹みの水溜を埋めてゐ、また或る者は鍬の刃を時々キラキラと太陽の光に照返へらせながら去年の畝を犂返してゐた。 漸く雪解がすんだばかりな

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新しい神話を追い求めつつ

中井正一

新しい神話を追い求めつつ 中井正一 夜の家庭の雑談の中で、十歳の女の子が、「神様はほんとにあるの、地球の外は宇宙でしょう。神様は何処に棲むの?」と問うた。 皆はっと顔を見あわせて、一瞬たじろいだ。そう簡単に答えられる問いではない。 死んだ母が天にいると先達まで固く云いきっていた十歳の子に芽生えた疑問なのである。 どの大人も、この至純な問いをつづけることを怠り

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新秋の記

木下夕爾

台所の片隅から吹いてくる あの風ももう秋だ 白い皿の 新豆腐のようにおどろきやすいこころよ 裏の林にきて しばらく夕焼をながめている 川瀬の音 秋風の音 子どものために わくら葉ひろつてふところにする わくら葉にも美しい夕焼がある もう走り穂がかぞえられ みちばたにこぼれ生えの刀豆も 青い莢を垂れている 一列にうす紅い実がならんでいる ●図書カード

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新緑

宮本百合子

新緑 宮本百合子 この頃の新緑の美しさ。私は、毎朝目を醒ますと、先ず庭を観るのが一つの悦びだ。空がよく晴れて、日光がキラキラする梢の鮮かな姿を見るのもたのしいし、又は、今朝のような雨に煙とけ、一層陰翳ふかい緑にしたたる様子を眺めるのも快い。近頃の自然こそ、人間が眠っている暗い夜の間にも巻葉の解かれるサッサッと云う微な戦ぎで天地を充たすようだ。 雨はやんだらし

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新しい美をつくる心

宮本百合子

新しい美をつくる心 宮本百合子 この頃いったいに女のひとの身なりが地味になって来たということは、往来を歩いてみてもわかる。 ひところは本当にひどくて、女の独断がそのまま色彩のとりあわせや帽子の形やにあらわれているようで、そういう人たちがいわば無邪気であればあるほどこちらで何となし顔のあからむような思いもないことはなかった。たとえば帽子の型のある奇抜な面白味と

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アメリカの新聞

中谷宇吉郎

新聞の果している役割は、日本とアメリカとでは、大分ちがうようである。 アメリカの新聞は、報道のほかに、娯楽面と広告とが非常に多い。とくに広告に多くの紙面を割いている。この広告に三種類あることは、日本と同様であって、化粧品なり、自動車なり、その商品を広く広告するのが、第一種である。つぎには、商店名の広告であって、百貨店なり、食糧品店なりの名前で、今日どういう安

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新興芸術派に就ての雑談

牧野信一

S・S・F倶楽部員の座談会。 在席者――小説家ミスター・ドライ。同ミスター・ウエット。同ミスター・S・マキノ。進行及び速記係、牧野生。 S「座談会を始める! といふことになつたら他の倶楽部員達は皆な何処かへ行つてしまつた、一ツ端忙しい用事でもありさうに! 変な奴等だな――。残つてゐるのは飲酒家のW君と禁酒家のD君と、そして、何時も君達二人の仲裁者である僕との

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新しい船出 女らしさの昨日、今日、明日

宮本百合子

女らしさというものについて女自身はどう感じてどんなに扱っているのだろうか。これはなかなか微妙で面白いことだし、また女らしさというような表現が日常生活の感情の中に何か一つの範疇のようなものとしてあらわれはじめたのは、いつの時代頃からのことなのであろうか。そういう点にも興味がある。 万葉集を読んだ人は、誰でもあの詩歌の世界で、実にすなおに率直に男女の心持が流露さ

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新茶のかおり

田山花袋

新茶のかおり 田山花袋 樹々の若葉の美しいのが殊に嬉しい。一番早く芽を出し始めるのは梅、桜、杏などであるが、常磐木が芽を出すさまも何となく心を惹く。 古葉が凋落して、新しい葉がすぐ其後から出るということは何となく侘しいような気がするものである。椿、珊瑚樹、柚子、八ツ手など皆そうだ。檜、樅は古葉の上に、唯新しい色を着けるばかりだ。 竹は筍の出る頃、其葉の色は際

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新西遊記

久生十蘭

宇治黄檗山の山口智海という二十六歳の学侶が西蔵へ行って西蔵訳の大蔵経(一切経または蔵経、仏教の典籍一切を分類編纂したもの)をとって来ようと思いたち、五百三十円の餞別を懐ろに、明治卅年の六月廿五日、神戸を発って印度のカルカッタに向った。 日本の大乗仏教は支那から来たせいで、蔵経も梵語(古代印度語)の原典の漢訳であるのはやむをえないが、宋版、元版、明版、竜蔵版と

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新訂雲母阪

直木三十五

「本当にそうか。」 と、聞かれると、そうで無いとは云え無い。く、とは確に聞いたのだから、これは断言できる。然し次の、る、はそう云ったような、云わないような、何うも明かで無いが、自分が唯一の証人で大勢の中で、美しい寡婦の悄然としている前で 「くる、と確に聞いた。」 と、云った言葉を 「本当か。」 と、念を押されると、今更、いや一寸まってくれ、もう一度、耳に聞い

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『新訳源氏物語』初版の序

上田敏

『新訳源氏物語』初版の序 上田敏 源氏物語の現代口語訳が、与謝野夫人の筆に成って出版されると聞いた時、予はまずこの業が、いかにもこれにふさわしい人を得たことを祝した。適当の時期に、適当の人が、この興味あってしかも容易からぬ事業を大成したのは、文壇の一快事だと思う。それにつけても、むらむらと起るのは好奇心である。あのたおやかな古文の妙、たとえば真名盤の香をいた

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新詩発生時代の思ひ出

土井晩翠

ブランデスやテインなどに其例を見る通り、文學史を書く者の中には、勝手な豫定の觀念を基とし、これに當てはまる材料のみを引用して、何とかかとか纏りを附け度がる弊風がある。漢文學史の上にも澤山の類例があらう。元遺山の編と稱せられて、そして實際其編である事は間違ひない、と思はるゝ「唐詩鼓吹」に、明末清初の錢謙益(牧齋)が序文を書いて、中に明代三百年來の詩學の弊風を攻

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新詩社と石川啄木 ――一つのおぼえ書き――

佐藤春夫

お前はきつと新詩社のころの啄木は知つてゐるだらう。かういふ質問を時々受ける。明治四十年代、新詩社は既に解体しながら、その後身とも云ふべき「スバル」に啄木が編集同人をしてゐたころ、十七八の自分は啄木の選歌に応募した事があつた。啄木の外には杢太郎の選歌にも一度投稿した。だから先輩とは云へ、啄木とは大体同じ時代なので、彼を知つてゐるだらうといふ質問は決して見当外れ

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