Vol. 2May 2026

图书

公共领域世界知识图书馆

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暗い花

林芙美子

いつものやうに、ハンカチーフ一枚で朝湯に飛び込んだ。どこかのお神さんらしい一二度、この風呂で出逢ふ女が、もう、小太りな、眞白い躯を石けんで流してゐた。向うもつんとしてゐるから、こつちもつんとしてゐる。男湯の方は馬鹿に森閑としてゐた。房江は一人でのびのびとあをむけに湯につかつて、高い天井を眺めてゐた。熱くもなく、ぬるくもなしの湯かげんで、これが電氣で沸くのかと

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暗い青春

坂口安吾

まつたく暗い家だつた。いつも陽当りがいゝくせに。どうして、あんなに暗かつたのだらう。 それは芥川龍之介の家であつた。私があの家へ行くやうになつたのは、あるじの自殺後二三年すぎてゐたが、あるじの苦悶がまだしみついてゐるやうに暗かつた。私はいつもその暗さを呪ひ、死を蔑み、そして、あるじを憎んでゐた。 私は生きてゐる芥川龍之介は知らなかつた。私がこの家を訪れたのは

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暗黒星

ニューコムシモン

一 「暗黒星! 暗黒星!」 遥か天の一方に、怪しき暗黒星が現われたとの信号が、火星世界の天文台から発せられた。 この信号がヒマラヤ山の絶頂にある我中央天文台に達し、中央天文台から全世界に電光信号を以て伝えた。 この時の世界は、もはや学術上の発明なども数千年前に極度まで達して、この上に進歩する道が無く、極めて無事太平に、極めて静かに、何事も定滞の状とは為ってい

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壺井栄

「実枝、年忌の手紙出しといたか」 奥の部屋で出勤前の身支度をしながらのクニ子の声がせかせかと聞えた。茶の間の実枝は赤い箸でたくあんを挾み、わざとゆっくりと前歯で噛みながら、 「ん」と、どっちつかずの返事をした。 「ん、じゃないでほんまに、まだ出しとらんじゃろ」 紫紺色の袴の後ろを引きずってもどかしい声で近づいてきた。いっしょに坐る朝食なのに実枝はいつでもあと

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『暦』とその作者

宮本百合子

『暦』とその作者 宮本百合子 壺井栄さんの「大根の葉」という小説が書きあげられたのは昭和十三年の九月で、それが『文芸』に発表されたのは十四年の早春のことであったと思う。それから後に書いた「暦」と他の短篇とを合わせて『暦』という短篇集が出たのは去年の三月である。 「大根の葉」を発表してから壺井さんが一人の婦人作家として持っている特色はすぐ一般に理解され、親愛の

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暫く黙せしめよ

岸田国士

暫く黙せしめよ 岸田國士 芝居のことについて、今、何も云ふ気にならぬ。根のひからびた樹木がある。枝をためて何にならう。 優れた戯曲がぼつぼつ眼にふれる。楽しいが、淋しい。時代は進みつゝあるに違ひない。来るべきものが来るまで私はもう待てない。 人が何かをしはじめようとすると、そんなことをして何になると云ふものがある。誰もなんにもしないでゐることは、誰もを不安に

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暮の街

宮本百合子

暮の街 宮本百合子 銀座の通りを歩いていたらば、一つの飾窓の前に人だかりがしている。近よって見るとそこには法廷に立っているお定の写真が掲げられているのであった。 数日前には、前陸軍工廠長官夫人の虚栄心が、良人の涜職問題をひきおこす動機となっているという発表によって、そのひとの化粧した写真が新聞に出た。 それより前には、志賀暁子の嬰児遺棄致死罪についての公判記

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暴風雨の夜

小酒井不木

秋も酣なる十一月下旬のある夜、××楼の二階で、「怪談会」の例会が開かれた。会員は男女五人ずつ併せて十人、百物語の故事にならって、百という数の十分の一に相当する十人が毎月一回寄合っての怪談会である。 今夜はF君が、最近手に入れたという柳糸堂の「拾遺御伽婢子」の原本を持って来て、面白そうな物語を片っ端から読みあげたが、そのうち、「逢怪邪淫戒」と題する一篇から、は

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暴風雨に終わった一日

松本泰

暴風雨に終わった一日 松本泰 バルコニーの外は低い砂丘を一つ越して、青空にくっきりと限られた代赭色の岩鼻岬、その中腹の白い記念塔、岬の先端の兜岩、なだらかな弧を描いている波打ち際、いつも同じ絵であった。ただ、その朝は水平線の上が刷毛で刷いたように明るく、遠くの沖を簪船が二隻も三隻も通っていくのが見えた。つい近くの波間に遊んでいた数羽の水禽が翼を並べて、兜岩の

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曇天

永井荷風

衰残、憔悴、零落、失敗。これほど味い深く、自分の心を打つものはない。暴風に吹きおとされた泥の上の花びらは、朝日の光に咲きかける蕾の色よりも、どれほど美しく見えるであろう。捨てられた時、別れた後、自分は初めて恋の味いを知った。平家物語は日本に二ツと見られぬ不朽のエポッペエである。もしそれ、光栄ある、ナポレオンの帝政が、今日までもつづいていたならば、自分はかくま

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曇天

原民喜

放蕩の後の烈しい哀感が街中に慄へてゐるやうな日だった。 浅草を過ぎ上野まではバスで、上野から省線で田町へ来ると、遙かなる旅でもして来たやうだった。疲れてはゐたが何か興奮してゐた。光本は下宿に帰って夜具を敷いて寝たが、すぐに目が覚めてしまった。自分の首に安白粉の匂ひが残ってゐて、それが耐らなく彼を訶んだ。青ざめた顔をして今日は誰にも識った人間に遇ひたくはなかっ

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曇つた秋

中原中也

或る日君は僕を見て嗤ふだらう、 あんまり蒼い顔してゐるとて、 十一月の風に吹かれてゐる、無花果の葉かなんかのやうだ、 棄てられた犬のやうだとて。 まことにそれはそのやうであり、 犬よりもみじめであるかも知れぬのであり 僕自身時折はそのやうに思つて 僕自身悲しんだことかも知れない それなのに君はまた思ひ出すだらう 僕のゐない時、僕のもう地上にゐない日に、 あい

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曙覧の歌

正岡子規

曙覧の歌 正岡子規 余の初め歌を論ずる、ある人余に勧めて俊頼集、文雄集、曙覧集を見よという。それかくいうは三家の集が尋常歌集に異なるところあるをもってなり。まず源俊頼の『散木弃歌集』を見て失望す。いくらかの珍しき語を用いたるほかに何の珍しきこともあらぬなり。次に井上文雄の『調鶴集』を見てまた失望す。これも物語などにありて普通の歌に用いざる語を用いたるほかに何

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曠日

佐佐木茂索

兄は礼助の注いで出した茶の最後の滴りを、紫色した唇で切ると、茶碗を逆に取つて眺めながら、 「今どき螢出のこんな茶碗なんか使ふの止めや。物欲しさうであかんわ。筋の通つたのがないのなら、得体の知れんものでも使うたがええ。茶を頭葉つかふのなら、それ相応につろくせんとあかんでな。」かう云つて一寸黙つたが、突兀として、 「――お前まだ独りか?」と問うた。 礼助は苦笑と

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曠野

堀辰雄

そのころ西の京の六条のほとりに中務大輔なにがしという人が住まっていた。昔気質の人で、世の中からは忘れられてしまったように、親譲りの、松の木のおおい、大きな屋形の、住み古した西の対に、老妻と一しょに、一人の娘を鍾愛しみながら、もの静かな朝夕を過ごしていた。 漸くその一人娘がおとなびて来ると、ふた親は自分等の生先の少ないことを考えて、自分等のほかには頼りにするも

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曠野

小川未明

野原の中に一本の松の木が立っていました。そのほかには目にとまるような木はなかったのです。 「どうして、こんなところに、ひとりぼっちでいるようになったのか。」 木は自分の運命を考えましたけれど、わかりませんでした。そして、そんなことを考えることの、畢竟むだだということを知ったのです。 「ただ、自分は大きくなって、強く生きなければならない。」と思いました。 見上

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曲亭馬琴

邦枝完二

曲亭馬琴 邦枝完二 一 きのう一日、江戸中のあらゆる雑音を掻き消していた近年稀れな大雪が、東叡山の九つの鐘を別れに止んで行った、その明けの日の七草の朝は、風もなく、空はびいどろ鏡のように澄んで、正月とは思われない暖かさが、万年青の鉢の土にまで吸い込まれていた。 戯作者山東庵京伝は、旧臘の中から筆を染め始めた黄表紙「心学早染草」の草稿が、まだ予定の半数も書けな

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曲者

原民喜

☆その男が私の前に坐って何か話しているのだが、私は妙に脇腹のあたりが生温かくなって、だんだん視野が呆けてゆくのを覚える。例によって例の如く、これは相手の術策が働いているのだなと思う。私は内心非常に恥しく、まる裸にされて竦んでいる哀れな女を頭に描いていた。そのまる裸の女を前にして、彼は小気味よそうに笑っているのである。急に私は憎悪がたぎり、石のように頑なものが

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曲れる者

ドイルアーサー・コナン

ある日の夜、結婚して数ヶ月後のことだ。私は暖炉のそばに座りながら、寝る前の一服をくわえたまま小説を手にうとうとしていた。日中の仕事でずっと疲れ通しだったのだ。妻はとうに上へ退いており、さきほど玄関の戸締まりの音があったから、召使いたちも下がっていよう。私は椅子から立ち上がり、パイプの灰を叩き落とす。と、ふと呼び鈴の音が聞こえてきた。 時計を見た。一二時一五分

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曲馬団の「トッテンカン」

下村千秋

いちばん先に、赤いトルコ帽をかむった一寸法師がよちよち歩いて来ます。その後から、目のところだけ切り抜いた大きな袋をかむった大象が、太い脚をゆったりゆったり運んで来ます。象の背中には、桃色の洋服をきたかわいい少女が三人、人形のようにちょこんと並んでのっかっています。その後からは楽隊の人々が、みんな赤いズボンをはき、大きなラッパ、小さなラッパ、クラリオネット、大

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更級日記など

堀辰雄

御質問にお答へするほど、日本の古典をよく讀んでゐませんので大變困りましたが、 一、僅かに讀んだものの中では、「更級日記」などが隨分好きです。理由と云つても別にありませんが、彼女の小さな夢を彼女なりに切實に生きたらしい、この「更級日記」の作者などが、何となく僕には血縁のあるやうな氣がするからです。 一、僕がそれから影響を受けたやうなものはまだ日本の古典の中には

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これから書きます

宮本百合子

これから書きます 宮本百合子 好きな男性というのと、興味を感じ又はその行為に感動をひきおこされて心にのこっている男性というのとは少しちがうのでお答えに困りました。ファジーエフの「壊滅」の中のレビンソンなどつよく心にのこっています。この答えをかくとき数人の友人達が喋っていたので、私は笑いながら「私の最もすきな男性はこれから私の文学の中に書かなければならないわね

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書について

高村光太郎

書について 高村光太郎 この頃は書道がひどく流行して来て、世の中に悪筆が横行している。なまじっか習った能筆風な無性格の書や、擬態の書や、逆にわざわざ稚拙をたくんだ、ずるいとぼけた書などが随分目につく。 一 絶えて久しい知人からなつかしい手紙をもらったところが、以前知っていたその人の字とは思えないほど古法帖めいた書体に改まっている、うまいけれどもつまらない手紙

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