演劇的青春への釈明
岸田国士
演劇的青春への釈明 岸田國士 本誌(「劇作」)四月号、山辺道夫氏の「演劇的青春」といふ評論を読んでみると、僕の名前が引合ひに出されてゐる。少し迷惑に思ふ点があるから、ここで僕の意見をはつきりさせておきたいと思ふ。 山辺氏は、僕が去年の六月「新潮」で発表した「戯曲及び戯曲作家について」といふ感想に対して、僕が予想しないやうな、「解し方」をされてをり、その解釈に
公共领域世界知识图书馆
岸田国士
演劇的青春への釈明 岸田國士 本誌(「劇作」)四月号、山辺道夫氏の「演劇的青春」といふ評論を読んでみると、僕の名前が引合ひに出されてゐる。少し迷惑に思ふ点があるから、ここで僕の意見をはつきりさせておきたいと思ふ。 山辺氏は、僕が去年の六月「新潮」で発表した「戯曲及び戯曲作家について」といふ感想に対して、僕が予想しないやうな、「解し方」をされてをり、その解釈に
岸田国士
演劇統制の重点 岸田國士 国家の権威と責任で当れ 世界を通じて、演劇は今や膠着状態にあるやうである。歴史的にみてさういふ時代が過去にもむろんあつたが、この状態は当分続きさうな気がする。 なぜこんな風になつたか、その原因をひと口に云ふのはむつかしいけれども、つまりは現在が芸術の開花に適しない社会的情勢にあることをまづ考へなければなるまい。そのうへ、演劇は特に近
岸田国士
演劇に関する評論、感想の類をあつめて書物にするのはこれで三度目である。最初は、「我等の劇場」といふ題で、次ぎは、「現代演劇論」といふ題で出した。今度は、「演劇美の本質」とすることにした。 「我等の劇場」に含まれる文章は大部分「現代演劇論」の中へも入れたが、そのなかから、さらに今日でもなほ、若い演劇研究者、演劇愛好者に是非読んでもらいたいと思ふ文章をあらかた撰
岸田国士
演劇論の一方向 岸田國士 凡そ、如何なる芸術と雖も、若干の「法則」に従はないものはない。と同時に、それらの「法則」を無条件に受け容れることは、甚だ「保守的な」態度と考へられてゐる。新しい芸術運動は、常にそれらの法則に対する反抗であり、又は、既成の法則に代る別個の法則の発見を目指してゐたのを見てもわかる。 偶々、あらゆる法則の無視といふ宣言がなされたにしても、
岸田国士
「演劇週評」その序言 岸田國士 毎週一回、やかましく云へば演劇に関する時評、くだけて云へば芝居四方山話といふやうなものを書くことになつたのですが、日本の劇壇に親しむやうになつてから頗る日が浅く、市村座が二長町とかに在るといふやうなこともつい此の間知つたばかり、人気俳優沢田正二郎君の舞台も、一二ヶ月前に一度見たつきり、左団次氏が武蔵屋であるか松坂屋であるか、さ
岸田国士
演劇雑誌 岸田國士 月々僕のところへ来る演劇雑誌が十種あまりある。そのうち純粋に「新劇的」と云へるものは二三に過ぎない。 「テアトロ」はソヴイエート的活気とエスペラント風の超国境性に満ちた研究雑誌であるが、今月は三周年記念号を出してゐる。なかなか啓蒙的ではあるが、一方日本の新劇運動を強引に一色化しようとする気配が感じられる。 × 「劇と評論」は時々調子が違ふ
竹内浩三
ずぶぬれの機銃分隊であった ぼくの戦帽は小さすぎてすぐおちそうになった ぼくだけあごひもをしめておった きりりと勇ましいであろうと考えた いくつもいくつも膝まで水のある濠があった ぼくはそれが気に入って びちゃびちゃとびこんだ まわり路までしてとびこみにいった 泥水や雑草を手でかきむしった 内臓がとびちるほどの息づかいであった 白いりんどうの花が 狂気のよう
竹内浩三
丘のすそに池がある 丘の薄は銀のヴェールである 丘の上につくりもののトオチカがある 照準の中へトオチカの銃眼をおさめておいて おれは一服やらかした 丘のうしろに雲がある 丘を兵隊が二人かけのぼって行った 丘も兵隊もシルエットである このタバコのもえつきるまで おれは薄の毛布にねむっていよう ●図書カード
岸田国士
演芸欄 其他 岸田國士 どうも困つた役目を引受けたものです。今週は新聞を二種類余計取つて、演芸欄、文芸欄に目を通し続け、何か変つた問題はないか、何か週評の種はないかと、丸ではたの見る目も気の毒なくらゐ心を砕いたのですが、どうしてもこれはと思ふ題目が見つからない。 誰か芝居の道に明るい知人にでも会つたらと、さう気がついて見ても、此の三四日、毎日食塩注射をするや
寺田寅彦
漫画とは何かという問に対して明確なる定義を下す事は困難であろう。また漫画とそれ以外の絵画との間に截然たる区劃線を引く事も容易ではない。漫画家自身でもおそらく人によってこれに関する所見を異にするに相違ない。今ここで私がせっかく苦心して定義をこしらえても、それは結局甲某の定義にしかなりそうもない。それで以下に漫画として論ずるものも結局私の頭の中にある漫画というも
北村透谷
漫罵 北村透谷 一夕友と与に歩して銀街を過ぎ、木挽町に入らんとす、第二橋辺に至れば都城の繁熱漸く薄らぎ、家々の燭影水に落ちて、はじめて詩興生ず。われ橋上に立つて友を顧りみ、同に岸上の建家を品す。或は白堊を塗するあり、或は赤瓦を積むもあり、洋風あり、国風あり、或は半洋、或は局部に於て洋、或は全く洋風にして而して局部のみ国風を存するあり。更に路上の人を観るに、或
北村透谷
漫言一則 北村透谷 われかつて徒然草を読みける時、撰みて持つべき友の中に病ひある人を数へたり。いかにも奥ゆかしき悟りきつたる言葉と思ひて友にも語りける事ありけり。然るに頃者米国の宣教師某を訪ひたる時、其卓上に日常の誡めを記せるを見る。其中に言へる事あり、病ある人を友として親しむ可からずと。 われ曾つて英人なる宣教師某と相携へて花を艶陽の中ばに観る。わが花を賞
萩原朔太郎
ラヂオ漫談 萩原朔太郎 東京に移つてから間もなくの頃である。ある夜本郷の肴町を散歩してゐると、南天堂といふ本屋の隣店の前に、人が黒山のやうにたかつてゐる。へんな形をしたラツパの口から音がきれぎれにもれるのである。 「ははあ! これがラヂオだな。」 と私は直感的に感じた。しかし暫らくきいてゐると、どうしても蓄音機のやうである。しかもこはれた機械でキズだらけのレ
種田山頭火
漬物の味〔扉の言葉〕 種田山頭火 私は長いあいだ漬物の味を知らなかった。ようやく近頃になって漬物はうまいなあとしみじみ味うている。 清新そのものともいいたい白菜の塩漬もうれしいが、鼈甲のような大根の味噌漬もわるくない。辛子菜の香味、茄子の色彩、胡瓜の快活、糸菜の優美、――しかし私はどちらかといえば、粕漬の濃厚よりも浅漬の淡白を好いている。 よい女房は亭主の膳
野上豊一郎
「漱石のオセロ」はしがき 野上豐一郎 はしがき これは故夏目金之助先生が明治三十八年九月から東京帝國大學文科大學英文學科の講義として讀まれた Othello の筆記である。先生の Shakespeare の講義は、今一つの文學史の講義と同樣に、一週三時間であつた。私は、明治四十年三月に先生が大學をやめられるまで、Othello の外に尚ほ The Tempe
土井晩翠
夏目夫人、――「改造」の正月号を読んで私が此一文を書かずには居れぬ理由は自然に明かになると思ひます、どうぞ終まで虚心坦懐に御読み下さい。 漱石さんが東京帝国大学英文学の卒業生で私共の先輩であつたことは曰ふ迄もありません。『英国詩人の天地山川に対する観念』などを『哲学雑誌』で田舎書生が驚嘆の目に読んだのは三十余年の昔です。そして此渇仰の大家の風貌に初めて接した
狩野亨吉
漱石と自分 狩野亨吉 夏目君のことを又話せといふが、どんなことにしろ物事の眞相が誤まらずに傳へられることは稀であり、その上近來甚だ記憶が不確であるからあんまり話をしたくない。 夏目君に最初に會つたのは死んだ山川信次郎氏の紹介であつたと思ふ。尤もこれよりも前に自分が全然關係が無かつたといふわけでもない。日本で最初に中學校令の發布によつて出來た東京府第一中學に、
宮本百合子
漱石の「行人」について 宮本百合子 「吾輩は猫である」が明治三十八年に書かれてから、「明暗」が未完成のままのこされた大正五年まで、十二年ほどの間に漱石の文学的活動は横溢した。円熟した内面生活の全幅がこの期間に披瀝されたと思う。同時に、作品のどれもが、人生と芸術とに向う態度、テーマなどの点で一定の成熟の段階にとどまっていて、局面の変化としてあらわれる扱いかたの
原民喜
潮干狩 原民喜 前の晩、雄二は母と一緒に風呂桶につかつてゐると、白い湯気の立昇るお湯の面に、柱のランプの火影が揺れて、ふとK橋のことを思ひ出した。恰度、夜の橋の上から両岸の火影が水に映つてゐるのを眺めてゐるやうな気持だつた。明日は父に連れられて、皆で潮干狩に行くのだつた。雄二はまだ船で川を下つたことはなかつた。床に這入つてからも、なかなか睡れなかつた。寝床が
豊島与志雄
棚の上に、支那の陶器の花瓶があった。いつも使われることがないので、俺はその中に綿をもちこんで、安楽な居場所を拵えておいた。その晩も、夜遅く、その中にはいってうとうとしていると、急に何か物音や人声がしたので、花瓶の口からのび上って、見ると、片野さんがとびこんできてるのだった。 片野さんは酔っていた。一つ所に立ってることが出来ず、それかって椅子に掛けるのも面倒く
牧野信一
僕は一ト頃外国製のエハガキを集めたことがある、その頃は、集めた数々のものを酷く大切にして、夫々のアルバムを「科学篇」とか「歴史篇」とか「物語篇」とか「考古篇」とか「美術篇」とか「地理篇」とかといふ風に分類して悦に入つた。稍ともすれば、それらのコレクシヨンを人知れず取り出して、何時までゝも眺めて空想にふるへた、知る人は多いことだらうが、エハガキに寄せる興味は、
佐藤垢石
濁酒を恋う 佐藤垢石 遠からず酒の小売値段は、いままでの倍額となるらしい。つまり、一升三円であったものが六円ということになるのだろう。 だから、晩酌を二合ずつやった者は、一合にへらさなければ勘定が合わなくなる。私など、それで辛抱するよりほかに致し方がないと観念している。 ところが、私の友人にそんな簡単にあきらめられるものではない、と言うのがいる。自分は酒を飲
仲村渠
北方に何ごとぞ 雲 雲を引具して空を急いだ 街 街は雨の喪服 街はとほい 街は沈む アンテナは潜望鏡をまねて雲を観た 北方に何ごとぞや? 欅は丘で街を観た 欅は終日 雲を迎へて雲を送つた 欅は終日 濡れる街を眺めてゐた ●図書カード
林芙美子
濡れた葦 林芙美子 1 女中にきいてみると、こゝでは朝御飯しか出せないと云ふことで、ふじ子はがつかりしてしまつた。子供たちは、いかにも心細さうにあたりをながめてゐる。ふじ子はひよいとしたら、丼物でもとつてもらへるかも知れないと、女中に、何か食べものを取りよせてもらへるかときいてみた。 「さうですねえ、お蕎麥か、親子丼ぐらゐのとこでしたら‥‥」 「ぢやア、親子