Vol. 2May 2026

图书

公共领域世界知识图书馆

14,981종 중 10,608종 표시

田中貢太郎

狢 田中貢太郎 幕末の話である。 某商人が深更に赤坂の紀の国坂を通りかかった。左は紀州邸の築地塀、右は濠。そして、濠の向うは彦根藩邸の森々たる木立で、深更と言い自分の影法師が怖くなるくらいな物淋しさであった。ふと濠傍の柳の木の下にうずくまっている人影に気づいた。 どうやら若い女のようで、悄然と袂に顔をうずめて泣いているのであった。商人はてっきり身投げ女だと思

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独居雑感

永井荷風

私は病気その他いろいろの事情のために五六年前から今以て独居の生活を続けている。私は別に独身主義を主張しているわけではない。しかし事実において独身で暮しているから、男の独身生活についていろいろ感じたこともある。今それらについて書いてみようと思う。 最初私は独身ということを、大変愉快のことのように感じていた。それは西洋の独身者などの生活を見たり聞いたりしていたか

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独愁

相馬御風

今年は雪の降り方が非常に少く、春の來方のあまりに早かつたのにひきかへ、高い山々の雪の消え方は何だかあまりぐづ/\し過ぎてゐるやうである。今私が二階の南向の書齋の窓から眺めてゐる山々もまだ麓まで眞白である。白馬や蓮華などの今頃なほ眞白なのは例年のことであるが、左手に見える雨飾岳が、今頃なほ裾まで深い雪に包まれてゐるやうなことは、ちと變てこである。 里はもう綿入

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独慎〔扉の言葉〕

種田山頭火

独慎〔扉の言葉〕 種田山頭火 昭和八年一月一日、私はゆうぜんとしてひとり(いつもひとりだが)こここうしてかしこまっていた。 昨年は筑前の或る炭坑町で新年を迎えた。一昨年は熊本で、五年は久留米で、四年は広島で、三年は徳島で、二年は内海で、元年は味取で。―― 一切は流転する。流転するから永遠である、ともいえる。流れるものは流れるがゆえに常に新らしい。生々死々、去

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独房

小林多喜二

独房 小林多喜二 誰でもそうだが、田口もあすこから出てくると、まるで人が変ったのかと思う程、饒舌になっていた。八カ月もの間、壁と壁と壁と壁との間に――つまり小ッちゃい独房の一間に、たった一人ッ切りでいたのだから、自分で自分の声をきけるのは、独り言でもした時の外はないわけだ。何かものをしゃべると云ったところで、それも矢張り独り言でもした時のこと位だろう。その長

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独り碁

中勘助

昭和三十三年十二月 家のない私は三十前後のころ谷中の真如院という寺に仮寓していた。そのじぶん上野公園から谷中の墓地へかけては何千本という杉の老木が空をついて群立ち、そのほかにも椎、樫、もち、肉桂などの古い闊葉樹が到る処繁ってたので、昼でも薄暗くしんめりとしていかにも私向きのところだった。それに真如院をはじめその辺一帯に集まってる寛永寺の末寺はほとんど墓地をも

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アメリカ独立宣言

ジェファーソントマス

アメリカ独立宣言 福沢諭吉訳 千七百七十六年第七月四日亜米利加十三州 独立ノ檄文 人生已ムヲ得ザルノ時運ニテ、一族ノ人民、他国ノ政治ヲ離レ、物理天道ノ自然ニ従テ世界中ノ万国ト同列シ、別ニ一国ヲ建ルノ時ニ至テハ、其建国スル所以ノ原因ヲ述ベ、人心ヲ察シテ之ニ布告セザルヲ得ズ。 天ノ人ヲ生ズルハ億兆皆同一轍ニテ、之ニ附与スルニ動カス可カラザルノ通義ヲ以テス。即チ其

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ユリイカ・独言

牧野信一

習慣と称ぶ暴虐なる先入主を打破せんと欲する者は、多くの事柄が、単にそれに伴ふ習慣のと皺とに支へられて何等の疑念なく認容せられてゐるのを見るであらう。然しながら一度びこの仮面を剥いで、事を真理と理性との前に引き出して見るならば、自己の従来の判断が殆んど全く顛覆したといふ感じがすると共に、却つてそれが前よりもずつと確固たる基礎を得たと感ずるであらう。 ……………

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独語 ――癩文学といふこと――

北条民雄

昨日MTLで「療養所文芸の発展策その他」について書いた諸氏のものも拝見し、また原田嘉悦氏の雑記をも読んでみた。 原田氏は僕の言葉を引用してあるのだが、まあそのやうなことはどうでもよいことであるかも知れない。しかしあれは「自殺志願者」に贈るために書かれたもので、おまけに僕も引つぱり出されたのであつてみれば、僕もまたあの文章を頂戴すべき一人なのであるかも知れない

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独逸の範とすべき点

国枝史郎

第一次世界戦争での戦敗国といえば、いうまでもなく独逸であるが、その独逸から表現主義文学という、破天荒の形式の文学が産れて、世界の芸術界を驚倒させた。 ゲオルク、カイゼルなどがその代表的作家であり「朝から夜中まで」などがその代表的作品である。 表現主義は、一口にいえば、印象主義に反抗して成立した主義であり、心内の思想なり感情なりを、外界と交渉無しに、端的に放出

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狭い一側面

宮本百合子

狭い一側面 宮本百合子 私が、初めて瀧田哲太郎氏に会ったのは、西片町に在った元の中央公論社でであった。大正五年の五月下旬であったろうか、私は坪内先生からの紹介で二百枚ばかりの小説を持ち、瀧田氏に面会を求めて行ったのです。 留守かと思ったら、幸い社におられた。小さい木造洋館の石段から入った直ぐのところに在る応接室で待っていると、程なく二階から狭い階子を降りて一

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狸と俳人

田中貢太郎

狸と俳人 田中貢太郎 安永年間のことであった。伊勢大廟の内宮領から外宮領に至る裏道に、柿で名のある蓮台寺と云う村があるが、其の村に澤田庄造という人が住んでいた。 庄造は又の名を永世と云い、号を鹿鳴と云って和歌をよくし俳句をよくした。殊に俳句の方では其の比なかなか有名で、其の道の人びとの間では、一風変ったところのある俳人として知られていた。 庄造は煩雑なことが

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狸と同棲する人妻

田中貢太郎

狸と同棲する人妻 田中貢太郎 山形県最上郡豊田村に沓澤仁蔵と云う行商人があった。仁蔵は壮いに似あわず、家業に熱心で、毎日のように村から村へと行商に出かけて往った。其の仁蔵には直と云う近隣で評番の美しい女房があった。 それは昭和七年の二月のことであった。仁蔵は平生のように家を出て往ったが、どうしたものか其の日も其の翌日も、また其の翌日も帰って来もしなければ、手

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狸問答

鈴木鼓村

狸問答 鈴木鼓村 私は、よく怪物に勝つことがあるよ、しかし或は負けていたのかもしれないがね―― 数年前、さる家を訪ねて、昼飯の馳走に与って、やがてその家を辞して、ぶらぶら向島の寺島村の堤にかかったのが、四時頃のことだ、秋の頃で戸外は未だ中々明るい、私が昼の膳に出してくれた、塩鰹が非常に好味といったので、その主人が、それなら、まだ残っているこの片身を持って行き

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狸石

豊島与志雄

戦災の焼跡の一隅に、大きな石が立っていた。海底から出たと思われる普通の青石だが、風雨に曝されて黒ずみ、小さな凹みには苔が生えていた。高さ十尺ばかり、のっぺりした丸みをなしていて、下部を地中に埋め、茶釜大の丸石で囲んであった。その石全体の恰好に、別に奇はなく、人目にはつかないが、然し見ようによっては狸とも思えた。巨大な狸が尻で坐って、上半身をもたげ、真直にすー

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狸のお祭り

豊島与志雄

狸のお祭り 豊島与志雄 一 むかし、ある片田舎の村外れに、八幡様のお宮がありまして、お宮のまわりは小さな森になっていました。 秋の大変月のいい晩でした。その八幡様の前を、鉄砲を持った二人の男が通りかかりました。次郎七に五郎八という村の猟師でありまして、その日遠くまで猟に行って、帰りが遅くなったのでした。どういうものか、その日は一匹も獲物がありませんでしたから

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モンルアルの狼

牧逸馬

モンタヴェルンの森の小径に、顔と頭部に六個処の傷を負って全身血染れの若い女の屍体が横たわっていた。衣服は糸のように引裂かれて裸体に近く、下半身は土塊枯枝等で覆われ、顕著な暴行の痕跡が見られた。屍体の傍らに、手巾一枚、当時仏蘭西の女性間に流行していた糊の付いた洋襟、小型の聖書、黒笹絹の婦人帽、黄革の女靴一足などが散乱して、前夜の雪が解けて、水から引上げたように

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狼の怪

田中貢太郎

狼の怪 田中貢太郎 日が暮れてきた。深い山の中には谷川が流れ、絶壁が聳え立っていて、昼間でさえ脚下に危険のおおい処であるから、夜になっては降りることができない、豪胆な少年も当惑して、時刻に注意しなかったことを後悔した。彼はしかたなしに大きな岩の下へ往って、手にしていた弓を立てかけ、二疋の兎を入れている袋といっしょに矢筒も解いて凭せかけた。 右手に方って遠山が

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狼森と笊森、盗森

宮沢賢治

狼森と笊森、盗森 宮沢賢治 小岩井農場の北に、黒い松の森が四つあります。いちばん南が狼森で、その次が笊森、次は黒坂森、北のはづれは盗森です。 この森がいつごろどうしてできたのか、どうしてこんな奇体な名前がついたのか、それをいちばんはじめから、すつかり知つてゐるものは、おれ一人だと黒坂森のまんなかの巨きな巌が、ある日、威張つてこのおはなしをわたくしに聞かせまし

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狼森と笊森、盗森

宮沢賢治

狼森と笊森、盗森 宮沢賢治 小岩井農場の北に、黒い松の森が四つあります。いちばん南が狼森で、その次が笊森、次は黒坂森、北のはずれは盗森です。 この森がいつごろどうしてできたのか、どうしてこんな奇体な名前がついたのか、それをいちばんはじめから、すっかり知っているものは、おれ一人だと黒坂森のまんなかの巨きな巌が、ある日、威張ってこのおはなしをわたくしに聞かせまし

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狼疾記

中島敦

狼疾記 中島敦 養其一指、而失其肩背、而不知也、則為狼疾人也。 ――孟子―― 一 スクリインの上では南洋土人の生活の実写がうつされていた。眼の細い・唇の厚い・鼻のつぶれた土人の女たちが、腰にちょっと布片を捲いただけで、乳房をぶらぶらさせながら、前に置いた皿のようなものの中から、何か頻りにつまんで喰べている。米の飯らしい。丸裸の男の児が駈けて来る。彼も急いでそ

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猟人

津村信夫

猟人 津村信夫 鉄砲打ちと云ふものには、よく、秋の汽車の中で出会つた。赤ら顔で、大柄な、さうして大抵、沈黙勝ちな人が多い。 三等寝台のあつた頃だ。 初冬の寒い夜更け、信越線の或る駅から、上り列車に乗り込むと、私の座席に、鳥打帽を被つた二人の男が坐つてゐた。 一目見てすぐ猟人だとわかつたが、夥しい獲物を携へてゐた。さうして、その獲物の鳥の、足や羽根には、ところ

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