泉鏡花 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
二坪に足らぬ市中の日蔭の庭に、よくもこう生い立ちしな、一本の青楓、塀の内に年経たり。さるも老木の春寒しとや、枝も幹もただ日南に向いて、戸の外にばかり茂りたれば、広からざる小路の中を横ぎりて、枝さきは伸びて、やがて対向なる、二階家の窓に達かんとす。その窓に時々姿を見せて、われに笑顔向けたまうは、うつくしき姉上なり。 朝な夕な、琴弾きたまうが、われ物心覚えてより一日も断ゆることなかりしに、わが母みまかりたまいし日よりふと止みぬ。遊びに行きし時、その理由問いたるに、何ゆえというにはあらず、飽きたればなりとのたまう。されど彼家なる下婢の、密にその実を語りし時は、稚心にもわれ嬉しく思い染みぬ。 「それはね、坊ちゃん、あの何ですッて。あなたのね、母様がおなくなり遊ばしたのを、御近所に居ながら鳴物もいかがな訳だって、お嬢様が御遠慮を遊ばすんでございますよ。」 その隣家に三十ばかりの女房一人住みたり。両隣は皆二階家なるに、其家ばかり平家にて、屋根低く、軒もまた小かなりければ、大なる凹の字ぞ中空に描かれたる。この住居は狭かりけれど、奥と店との間に一の池ありて、金魚、緋鯉など夥多養いぬ。誰が飼いはじめしと

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