海野十三 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
1 某大国宰相の特使だと称する人物が、このたび金博士の許にやってきた。 金博士は、当時香港の別荘に起き伏ししているのである。 別荘と申しても、これは熱海の海岸などによくある竹の垣を結いめぐらして、湯槽の中から垣ごしに三原山の噴煙が見えようというようなオープンなものではなく、例によって香港の地下三百メートルに設けられたる穴倉の中にその別荘があるのであった。 某大国の特使閣下を、金博士の許へ案内したのは誰あろう、かくいうわたくしであった。その当時、世界通信は、金博士が生死不明なること三十日に及び、まず死亡したものと噂されていたのである。従って、博士に会いたくて焦げつきそうな焦燥を感じていた某大国の特使閣下も、この噂に突き当られ、落胆のあまり今にもぶったおれそうな蒼い顔色でもって、上海の大路小路をうろうろしていたのである。しかし特使閣下は、幸運だった。わたくしという者に、ぱったり行き合ったからである。 「やあやあそこに渡らせられるは……」 と、わたくしがものをいいかけるうちにも、かの特使閣下はわたくしの姿を認め、手に持っていたステッキもウォッカの壜も、鋪道の上に華々しく放り出して、ものも得い

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