大隈重信 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
福沢先生に処世主義というべきものが有ったかどうか知らぬが、我輩には処世主義というべきものがない。一体処世上主義というのは定められる理屈のものでない。それを世人が処世主義とか何とかいうのはいわゆる講壇的のもので、テーブルの上から学生に講義をする時の事である。ところがすべて世の中の事は、学校の講義のような趣向には顕われて来ない。で処世主義などいうことは講壇ではいえるけれども、実社会にはあまり必要のない事である。然るに近頃何主義某主義というように種々の主義が流行するが、主義という事は左様に無造作なものでない。 我輩は学者でもなければ天才でもない。頗る平凡な人間だ。凡人だ。多分福沢先生も凡人であったろうと思う。もし先生が非凡人で常に高く止って澄まし切っておられてあったら、あれだけの偉い人にはなれなかったのである。で強いて申さば、福沢先生は凡人主義の勝利者である。

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