大倉燁子 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
私が玄関の格子を開けると、母が馳け出して来て、 「御殿山の東山さんからお使いが見えたよ、今朝っから、三度も」と急きこむように云った。 「どんな御用?」 「重大事件なんだって、至急、御相談したいから、日名子さんがお帰りになったら、直ぐお出で下さるようにって」 「事務所の方に電話くれればいいのに――東山さんなら事務所から直接行った方がずッと近いのにねえ」と、私は気が利かないじゃないかと云わないばかりの口吻で云った。 「度々かけたがお話中ばかりで通じなかったって云ってたよ。東山さん待っていられるだろうから、日名さん、あんた行って上げたらどう?」 「そうね。あの性急な東山さんの事だから、さぞ、焦り焦りして家の人達を叱り飛ばしていることでしょう。仕方がないわ、じゃこれからちょっと行って来ます」 私は脱いだ靴をまた履いて、東山邸にいそいだ。 品川の海を見晴した宏壮な邸も、主家の一部と離れの茶室だけが残って、あとは全部戦災を受けていた。あの体面を気にかける彼が、まだ手入れもしないのはよくよくのことだろう。聞けば邸も内々売物に出ているという噂だから、懐は相当苦しいに違いない。何しろひと頃あんなに景気の

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