岡本かの子 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
女は、窓に向いて立っていた。身じろぎさえしない。頬には涙のあと。 「……ね。……思い返して呉れませんか。……もう一度。……。ね」 男は、荷造りの手をまた止めた。 女はうしろを向かなかった。女の帯の結び目を見上げていた男の眼から、大粒な涙が滴った。かすかな歔欷。 女はまだうしろを向かなかった。女の涙の痕へまた新らしい涙の雫が重なった。 男は立って行って、女の傍へ寄った。この十日程のなやみで、げっそり痩せた女の頬。男の顎もまた無慙に尖ってしまったのを女は見た。 窓の外の樹々の若葉が、二人の顔や体に真青に反映した。 「駄目? え?」 男の逞ましい手が、女の肩にやわらかく触った。女は、けわしい眼をした。 「幾度言ったって同じですわ」 女は、けわしい眼を直ぐに瞑った。そして、男から少し顔をそむけた。新らしい涙がまた……。 「…………」 「…………」 男はまた力なく、荷造りを始めた。 「××ちゃん」 男は女の名を呼んだ。不用意に女は後を向いた。 行李の前へしゃがんだまま、男は一抱えの書物を女に示した。 「もう、これを入れれば、すっかり荷造りが出来るんです、けど、も一度……」 女は、男の抱えている書

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