岡本かの子 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
呼ばれし乙女 岡本かの子 師の家を出てから、弟子の慶四郎は伊豆箱根あたりを彷徨いているという噂であった。 一ヶ月ばかり経つと、ある夜突然師の妹娘へ電報をよこした。 「ハコネ、ユモト、タマヤ、デビョウキ、アスアサキテクレ」 受取って玄関で開いた千歳は、しばらく何が何やら判らなかった。慶四郎と姉となら、一時、ああいう話もあったのだから呼出すもよい。妹の自分を名指して何故だろう――いつの間にか姉娘の仲子が、千歳のうしろに来て、電報を覗き込んでいた。脆くて、きめが濃かく、寂しい気配の女であった。千歳はそのまま姉へ肩越しに電報を読み取らせた。仲子はそのまま千歳の脊中でじっと考えていたが、やがて臆病に一本の華著な指先きで妹の脊筋を圧して、いつもの仲子のひそやかな声で囁いた。 「行って上げなさい。お父さまには破門になってるし、私は家を取締っているし、あんたよりほかだめだと思ってだわ」 事実、千歳の家では老父と姉妹の三人のほか家族として誰もいなかった。 「病気して、お金にでも困っているのね」 「そうよ、窮したら外に言って行くところも無い人だもの。家だって、千歳さんが慶四郎さんとは一番遠慮なくしてたんだ

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