岡本綺堂 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
「こんなことを申上げますと、なんだか嘘らしいやうに思召すかも知れませんが、これはほんたうの事で、わたくしが現在出会つたのでございますから、どうか其思召でお聴きください。」 Mの奥さんはかういふ前置をして、次の話をはじめた。奥さんはもう三人の子持で、その話は奥さんがまだ女学校時代の若い頃の出来事ださうである。 まつたくあの頃はまだ若うございました。今考へますと、よくあんなお転婆が出来たものだと、自分ながら呆れかへるくらゐでございます。併し又かんがへて見ますと、今ではそんなお転婆も出来ず、又そんな元気もないのが、なんだか寂しいやうにも思はれます。そのお転婆の若い盛りに、あとにも先にも唯つた一度、わたくしは不思議なことに出逢ひました。そればかりは今でも判りません。勿論、わたくし共のやうな頭の古いものには不思議のやうに思はれましても、今の若い方達には立派に解釈が付いていらつしやるかも知れません。したがつて「あり得べからざる事」などといふ不思議な出来事ではないかも知れませんが、前にも申上げました通り、わたくし自身が現在立会つたのでございますから、嘘や作り話でないことだけは、確にお受合ひ申します。

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