小川未明 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
花の咲く前には、とかく、寒かったり、暖かかったりして天候の定まらぬものです。 その日も暮れ方まで穏やかだったのが夜に入ると、急に風が出はじめました。 ちょうど、悪寒に襲われた患者のように、常磐木は、その黒い姿を暗の中で、しきりに身震いしていました。 A院長は、居間で、これから一杯やろうと思っていたのです。そこへはばかるような小さい跫音がして、取り次ぎの女中兼看護婦が入ってきて、 「患者がみえましたが。」と、告げました。 「だれだ? 初診のものか。」と、院長は、目を光らしました。 「はい、はじめての方で、よほどお悪いようなのでございます。」 まだ年の若い彼女は、こんなものを院長に取り次いだのは悪いとは思ったけれど、それよりも、目にうつる哀れな男の姿のほうが、いっそう強く心を動かしたのです。けれど、院長は容易に座を立ち上がろうとしなかった。 「そんなに悪いのに、ここへやってきたのか。」 「はい。」 院長は、きたときいては、捨ててもおけなかったのでした。どんな身分の患者であって、またどこが悪いのか、それを知りたいという職業意識も起こって、 「いま、ゆくから。」と、静かに、答えて、苦い顔つきを
小川未明
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