小川未明 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
寒い、暗い、晩であります。風の音が、さびしく聞かれました。ちょうど、真夜中ごろでありましょう。 コロ、コロ、といって、あちらの往来をすぎる車の音が、太郎のまくらもとに聞こえてきました。もう、だいぶねあきていましたので、彼はふと目をあけて、その車の音に、耳をすましたのでした。 「いま時分、あんな車を引いてゆくのは、どんな人間だろう?」 こう、彼は考えました。すると、それは怖ろしい人のようにも思われました。というのは、その音は、いま、はじめて聞く車の音ではなかったのです。 まだ、自分が小さかったとき、夜中に起きてなにかむずかると、やさしい母は、 「あの音は、なんだろう……。だまってだまって、ああ、怖い、ああ、怖い。」といって、しっかりと自分を抱きすくめられたのを、太郎は、昨日のことのように、忘れなかったのであります。 それから後、彼は、たびたび真夜中ごろに、この車の音を床の中で聞いたことがありましたが、いつも、それは、人間とは思われないような、怖ろしい姿をしたものが、まったく人通りの絶えた往来の上を、車を引いてゆく有り様を目に描いたのでした。 この晩も、彼は、やはりそんなような空想にふけっ
小川未明
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