小川未明 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
良吉は、重い荷物を自転車のうしろにつけて走ってきました。 その日は、あつい、あつい日でした。そこは大きなビルディングが、立ち並んでいて、自動車や、トラックや、また自転車が往来して、休むようなところもなかったのです。 そのうち、濠端へ出ると、車の数も少なくなり、柳の葉が風になびいていました。そしてガードの下に、さしかかると、冷たい風が吹いてきて、躰がひやりとしました。 「ここで、すこし休んでゆこう。」と、良吉は、自転車を止めて、さながら、坑のあちらの、ちがった、世界からでも吹いてくるような、風を胸に入れていました。 暑い日に、働いている人々が、たまたま、こんな涼しいところを見いだしたときの喜びというものは、どんなでしょう。それは、一通りではありません。 「ここは、いいところだな。」と、良吉は、思いました。良吉のほかにも、日ごとにここで休んで、いった人があったとみえて、タバコの空き箱や、破れた麦わら帽子などが、捨ててありました。なんの気なしに、ガードの壁を見ると、白いチョークで、落書きがしてあったので、それを見るうちに、子供らしい字で書かれた、……県……村……という文字が目に入りました。
小川未明
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