小川未明 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
村へ石油を売りにくる男がありました。髪の黒い蓬々とした、脊のあまり高くない、色の白い男で、石油のかんを、てんびん棒の両端に一つずつ付けて、それをかついでやってくるのでした。 男は、勤勉者でありました。毎日、欠かさずに、時間も同じように、昼すこし過ぎると村に入ってきて、一軒、一軒、「今日は、石油はいりませんか?」と、いって歩くのでした。 その男は、ただ忠実に仕事のことばかり考えているようでした。それには、なにか、目的があったのかもしれない。たとえば、金がいくらたまったら、店をりっぱにしようかとか、また、はやく幾何かになれば幸福だと胸の中に描いていたのかもしれない。それとも、もっとさしせまったその日のことを考えていたのか? あまり口をきかない、この男の顔を見たばかりでは、心の中を知ることができなかったけれど、人間というものは、なにか目的がなければ、そういうふうに勤勉になれるものではなかったのです。 もっとも、男には、若い嫁がありました。年をとった母親もあったようです。小さな店だけで、石油を売るのでは、暮らしがたたなかったのかもしれない。 しかし、この村には、もっともっと貧乏の人たちが住んで
小川未明
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