小川未明 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
舞子の停車場に下りた時は夕暮方で、松の木に薄寒い風があった。誰も、下りたものがなかった。松の木の下を通って、右を見ても、左も見ても、賑かな通りもなければ、人の群っているのも目に入らない。海は程近くあるということだけが、空の色、松風の音で分るが、まだ海の姿は見えなかった。私は、松並木のある、長い通りを往ったり、来たりして、何の宿屋に泊ろうかと思った。ちょうど、一軒の一品料理店の前に、赤い旗が下っていた。其の店頭に立っていた女に、 『舞子の町は、何の辺ですか』と聞いた。女は淋しそうな顔をしていた。 『町って、別にありません』 これが、舞子か……と私は、思っていたより淋しい処であり、斯様処なら、越後の海岸に幾何もありそうな気がした。 亀屋という宿屋の、海の見える二階で、臥転んで始めて海を見た。いつになく、其の日は曇っているのだそうな。こう女がいった時、よく自分は、南に来るたびに其の特色の景色を見ることが出来ない。今年の一月、伊豆山に行った時も、雪が降った。また舞子に来ても、所謂、瀬戸内海の晴れた海を見ることが出来ないのをよく/\運のないことゝ思った。目の下を男と女と二人並で散歩している。二人
小川未明
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