小栗虫太郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
紅毛傾城 小栗虫太郎 序 ベーリング黄金郷の所在を知ること ならびに千島ラショワ島の海賊砦のこと 四月このかた、薬餌から離れられず、そうでなくてさえも、夏には人一倍弱いのであるが、この夏私は、暑気が募るにしたがって、折りふし奇怪な感覚に悩まされることが多くなった。 ちょうどそれは、私の心臓のなかで、脈打ちの律動が絶えず変化していくように、波打つ暑気の峰と谷とだ。はっきりと、しかも不気味にも知覚されるのであった。 しかし、そうした折りには、家人に命じて庭先に火を焚かせ、それに不用な雑書類などを投げ入れるのである。それは、影像の楯をつくって、ひたすら病苦から逃がれんがためであった。 そのようにして私は、真夏の白昼舌のような火炎を作り、揺らぎのぼる陽炎に打ち震える、夏菊の長い茎などを見やっては、とくりともなく、海の幻想に浸るのが常であった。 ところが、ある一日のこと、ふとその炎のなかで、のたうち回る、一匹の鯨を眼に止めたのである。 そこで私は、まったく慌てふためいて、手早くを蹴散らしながら、取りだした二冊の書物があった。ああ、すんでのことに私は、貴重な資料を焼き捨ててしまうところだった。 表
小栗虫太郎
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