葛西善蔵 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
神田のある会社へと、それから日比谷の方の新聞社へ知人を訪ねて、明日の晩の笹川の長編小説出版記念会の会費を借りることを頼んだが、いずれも成功しなかった。私は少し落胆してとにかく笹川のところへ行って様子を聞いてみようと思って、郊外行きの電車に乗った。 笹川の下宿には原口(笹川の長編のモデルの一人)が来ていた。私がはいって行くと、笹川は例の憫れむようなまた皮肉な眼つきして「今日はたいそうおめかしでいらっしゃいますね」と、言った。 こう言われて、私は頭を掻いた。じつは私は昨日ようようのことで、古着屋から洗い晒しの紺絣の単衣を買った。そして久しぶりで斬髪した。それで今日会費の調達――と出かけたところなのだ。 「書けたかね?」と、私は原口の側に坐って、訊いた。 「一つ短いものができたんだがね……それでじつは今朝から方々持歩いているんだが、どこでもすぐ金にはしてくれない」と、原口は暗い顔して言った。 「それで、君のところへは会の案内状が来た?」 「いや、僕が家を出る時はまだ来てなかった」と彼は同じ調子で言った。 「僕のところへもまだ来てない。しかしおかしいじゃないか、明日の会だというのに……。それに
葛西善蔵
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