加藤道夫
加藤道夫 · 日本語
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加藤道夫 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
詩と劇とは元來、本質的に切り離せぬ關係にあるが、「思想」が劇に不可缺のものであるとは特に言ひきれない。我々は「思想」のない劇には飽きる程觸れて來たし、美しいとか面白いとか云ふ點で稱讃もして來た。思想劇と云ふ名稱は或る時期には「退屈」の代名詞の樣にさへ使はれてゐた。美しいのはいい。面白いのはいい。だが、美しいだけでは、面白いだけでは間に合はぬ時代になつてしまつたやうである。劇の思想性が反省されねばならぬ時であらう。 僕はこの頃では、別に斬新奇拔な戲曲を書きたいなどとは思はないが、唯、舞臺を通して眞に今日的な世界像や人間像に僕自身のイデエを託したいと云ふ切實な希ひにしきりにとらへられる。新劇は今までのやうな日常的な小世界の描寫や心理風俗の展開から大きな此の時代のドラマにまで飛躍して行かねば、やがて命數が盡きてしまふのではないか、とさへ思ふ。演劇の言葉が多愛もない娯樂の爲だとか、さゝやかな心理的共鳴の爲にのみあるべき時代ではなくなつたやうである。人々は依然劇場へカタルシスを求めて行く。だが彼等は個人的苦惱よりももつと大きな時代的苦惱を背負つてゐる。彼等の求めるカタルシスの概念そのものが既に變
加藤道夫
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