嘉村礒多 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
業苦 嘉村礒多 只、假初の風邪だと思つてなほざりにしたのが不可かつた。たうとう三十九度餘りも熱を出し、圭一郎は、勤め先である濱町の酒新聞社を休まねばならなかつた。床に臥せつて熱に魘される間も、主人の機嫌を損じはしまいかと、それが譫言にまで出る程絶えず惧れられた。三日目の朝、呼び出しの速達が來た。熱さへ降れば直ぐに出社するからとあれだけ哀願して置いたものを、さう思ふと他人の心の情なさに思はず不覺の涙が零れるのであつた。 「僕出て行かう」 圭一郎は蒲團から匍ひ出たが、足がふら/\して眩暈を感じ昏倒しさうだつた。 千登世ははら/\し、彼の體躯につかまつて「およしなさい。そんな無理なことなすつちや取返しがつかなくなりますよ」と言つて、圭一郎を再寢かせようとした。 「だけど、馘首になるといけないから」 千登世は兩手を彼の肩にかけたまゝ、亂れ髮に蔽はれた蒼白い瓜實顏を胸のあたりに押當てて、りあげた。「ほんたうに苦勞させるわね。すまない……」 「泣いちや駄目。これ位の苦勞が何んです!」 斯う言つて、圭一郎は即座に千登世を抱き締め、あやすやうにゆすぶり又背中を撫でてやつた。彼女は一層深く彼の胸に顏を埋
嘉村礒多
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