菊池寛 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
入れ札 菊池寛 上州岩鼻の代官を斬り殺した国定忠次一家の者は、赤城山へ立て籠って、八州の捕方を避けていたが、其処も防ぎきれなくなると、忠次を初、十四五人の乾児は、辛く一方の血路を、斫り開いて、信州路へ落ちて行った。 夜中に利根川を渡った。渋川の橋は、捕方が固めていたので、一里ばかり下流を渡った。水勢が烈しいため、両岸に綱を引いて渡ったが、それでも乾児の一人は、つい手を離したため流されてしまった。 渋川から、伊香保街道に添うて、道もない裏山を、榛名にかかった。一日、一晩で、やっと榛名を越えた。が、榛名を越えてしまうと、直ぐ其処に大戸の御番所があった。 信州へ出るのには、この御番所が、第一の難関であった。この関所をさえ越してしまえば、向うは信濃境まで、山又山が続いているだけであった。 忠次達が、関所へかかったのは、夜の引き明けだった。わずか、五六人しか居ない役人達は、忠次達の勢に怖れたものか、彼等の通行を一言も咎めなかった。 関所を過ぎると、さすがに皆は、ほっと安心した。本街道を避けて、裏山へかかって来るに連れて、夜がしらじらと明けて来た。丁度上州一円に、春蚕が孵化ろうとする春の終の頃であ

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