菊池寛 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
「雄辯」から、僕の自叙伝を求められたが、僕には既に「文藝春秋」に半歳に亙つて連載され、其後、平凡社から出た、僕の全集の中に収録されてゐる「半自叙伝」がある。 僕は其の「半自叙伝」の書き出しに、「自分は自叙伝など、少しも書きたくない」と断り書をしてゐるが、この気持は今でも変りはない。 事実、自分の半生には書くだけの波瀾も事件もないのである。僕は他の人に比べて、具象的な記憶に乏しい。たゞ「文藝春秋」に載せた時は、「文藝春秋」に何かもう少し書きたいため、自叙伝的なものでも書いて見ようかと思つたのである。 だから今度も、少年時代からの出来事を時代順に記述などはしない。比較的記憶に残つてゐて思ひ出すことを書いて見ようと思ふ。 僕は大正五年の七月に京都大学を出た。当時二十九歳であつた。普通だつたら二十四歳か二十五歳で出るところを、高等小学校を四年まで行つたのと、高等師範には入つたため二年損したので、都合四年遅れたのである。 大学を出て、上京して間もなく、久米と本郷通を歩いてゐたとき、久米は、「君はよく大学を出られたな」と云つた。それは、まさに至言である。一寸でも間違へば、どうなつて居たか分らないの

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