岸田国士 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
東京の近郊―― 雑木林を背にしたヴイラのテラス 老婦人 収 アンリエツト 弘 秋の午後―― 長椅子が二つ、その一方に老婦人、もう一方に青年が倚りかかつてゐる。それが毎日の習慣になつてでもゐるらしく、二人とも、極めて自然に、ゆつたりとした落ちつきを見せて、静かに読書をしてゐる。 老婦人は、純日本式の不断着、ただ、肩から無造作に投げかけた毛皮の襟巻が、さほど不調和に見えないほどの身ごしらへ、身ごなし。 青年は軽快な散歩服。無帽。 収 (書物が手から滑り落ちるのを拾はうともしないで)少し歩きませう。老婦人 (書物から目をはなさずに)もうあと二三枚……。収 (起ち上り、黙つて相手が読み終るのを待つ。が、なかなか済みさうもないので、また腰をおろす)老婦人 (目をあげずに)静かになさいよ。収 (漠然と)静かにしてゐます。 長い沈黙。 収 (独語のやうに)あなたほどのお年になられても、まだ、ものに凝るやうなことがおありと見えますね。老婦人 ……。収 ものに凝るといつても、そのことに熱中する、つまり、われを忘れてどうかうといふやうなことはおありにならないでせう。やめようと思へば、何時で
岸田国士
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