岸田国士 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
「チロルの秋」以来 岸田國士 私の戯曲の処女上演は、「チロルの秋」です。 一昨々年の九月、演劇新潮に、私の第二作「チロルの秋」が発表されると、間もなく、新劇協会の畑中君が見えて、あれを出したいと云ふのです。 ステラの役は伊沢君にきまつてゐました。伊沢君は、数年前その初舞台を見たきりですが、あの落ついた物腰と云ひ、あのうるほひのある声と云ひ、申分ないと思ひました。 アマノは、郷橋君か石川君といふことでした。どちらも未知の俳優でしたが、まあ、やつて見て貰ふことにしました。 稽古がはじまると、私は、入院をしなければならなくなつたので、私の作品をよく読んでくれてゐる友人の辰野隆君に、一二度稽古を見てもらひました。間もなく、起きられるやうになつて、私も稽古に立ち会ひました。 その時は、アマノの役は石川君にきまつてゐました。少し優しすぎるアマノだなと思つてゐました。 エリザは、今の松井潤子さん、可憐なチロルの少女になつてゐました。 初日の幕が明きました。 私は、実際、汗をかきました。とても見物席に坐つてはをられないのです。喫煙室へはひつて、頭をかゝへ、おれはどうしてこんなものを演らせたんだらうと、

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