岸田国士 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
東京近郊の住宅地――かの三間か四間ぐらゐの、棟の低い瓦家――「貸家」と肉太に書いた紙札が、形ばかりの門柱を隔てて、玄関の戸に麗々しく貼つてある。四月上旬の午後。 その門の前で、立ち止つた夫婦連れ、結婚一二年、今に今にと思ひながら、知らず識らず生活にひしがれて行く無産知識階級の男女である。 毛谷 この家だらうね。京子 さうでせう。毛谷 番地が書いてないね。京子 これですよ。大家さんは何処か聞いてみませう。毛谷 同番地としてあつたんだから、その隣がさうかも知れないね。表札を見て来てごらん。宍戸だよ。京子 (帰つて来て)ちがひますわ。そいぢや、向うかしら……。京子 さうぢやなくつて? 若しかしたら、裏かも知れないわ。(裏へ廻らうとする)毛谷 待て、待て。一寸、外側だけでも見てからにしようぢやないか。庭は、これで沢山だね。京子 さうね。市中のことを思へばね。毛谷 これが、八畳と六畳かな。便所がそこと……。日当りは好ささうだね。京子 それやもう……。あたし、お台所さへ気に入つたら、すぐにでも借りますわ。毛谷 さうまあ急ぐなよ。しかし、今日は草臥れた。京子 でも、散歩だと

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