岸田国士 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
井汲清治君の説によると、悲劇は貴族的、喜劇は中産階級的、そしてファルスは民衆的であるとのことである。 この観方も面白いし、ほぼ同感であるが、私が演劇の一様式としてこのファルスに興味をもつのは、必ずしも、さういふ「階級的」な意義によるのではない。 もともと、Farce を笑劇と訳すのは、Comdie を喜劇と訳すやうに、甚だ文学的でないやうに思はれるが、これも時代を経るに従つて、訳語の生硬さがなくなるであらう。 私は、今しばらく、ファルスを Comdie と対立させず、寧ろ Comdie の中に含ませる意見に従はうと思ふ。 即ち、一口に喜劇と呼ばれるやうな作品の中に、それが喜劇であるがために必要なエレメントを求めるとき、きつとファルスの「種」を拾ひ出すことがあるだらう。それと同時に、ファルスと銘打つた作品の中にも、一般に喜劇的と呼ばれる要素が、取り入れられてあるに違ひないのである。畢竟、喜劇は「笑劇的」な要素を主とせざる喜劇である、笑劇は、「笑劇的」な要素を主とする喜劇であるといひ得よう。 それなら「笑劇的」な要素とはどんなものかといへば、それは、先づ第一に、「道化味」である。「道化味」

翻訳状況
待機中ログイン後に翻訳をリクエストできます。
よくある質問
Yes — completely free. This book is in the public domain, so Pagera offers the full text without payment or account requirement. Pagera is funded by advertising.
無料でご利用いただけます
会員登録なしですぐに読み始められます。さらに多くの書籍と機能は無料会員登録後にご利用いただけます。