国枝史郎
国枝史郎 · 日本語
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国枝史郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
僕達夫妻が支那見物をするべく秩父丸で神戸を出帆したのは四月の十九日の正午だった。一等船客を、秩父丸は一万七千頓で、米国通いの船の中でも特に優秀なものだそうだが随分よかった。 同勢は二十三人だった。 本来僕は、この船で上海などへ行くより先に、大連へ行かなければならなかったのだ。と云うのは大連の満洲日報社との取引関係があったから。 僕も然うしようかと思っていた矢先に、名古屋の綿業家を中心とし、それへいろいろの職業人の加わった上海視察団が出来、そのリーダーのT氏から「どうです一緒に行きませんか」と進められたので、よかろう、この一団と行を共にし、北支を見る前に南支を見て置こうと同行することにしたのさ。 日本の多島海――日本の地中海とも云う可き瀬戸内海へ這入った時は、評判に背かず好風景だとは思ったが、しかし大して感動はしなかった。内地の景色を見飽きている者は大方そうだろうと思う。永いヨーロッパからの航海か、米国からの航海を終えて、瀬戸内海へ這入ったものでなければ、そう感動はしないだろうと思う。景が大き過ぎ広過ぎ纏まりが無さ過ぎ同じような島が多過ぎるからだ。 航海は無事だった。 さよう、航海は無事
国枝史郎
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