国枝史郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
全体主義とか全体主義国家とかいうことが盛んに云われている。日本が全体主義国家であるか無いかに就いては私は云わない。いや、むしろ、日本の国を、全体主義というような、外国伝来の言葉をもって範疇づけることは、その特殊の国体から云って不当であろうと思う。 しかし、今日の場合、日本民衆に、全体主義の如何なるものであるか、そうして、現在の日本の国情に於ては、全体主義の内容が、必要化しているということを知らせる必要があるように思われる。 この全体主義の内容が、そうして、その必要性が、民衆の間に徹底したならば、尠くも、統制から来る不平や、物資不足から来る不満は解消されるであろう。 全体主義理論家のシュパンの説を、ほんの一部、左に摘録してみる。 「何物も独立自存してはいない。又、独立自存することは出来ない。一切のものは、より偉大なもの、自己を包含するものによって、支持せられ、そうして実存せしめられる。したがって、それが自己を包含するものから脱落して独立自存しようとするや、それは立所に滅亡する。人間は、あらゆる精神的共同なくしては、精神的に死滅しなければならない。いかなる動物も仲間無くしては存在せず、いか
国枝史郎
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