国木田独歩 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
節操 国木田独歩 『房、奥様の出る時何とか言つたかい。』と佐山銀之助は茶の間に入ると直ぐ訊た。 『今日は講習会から後藤様へ一寸廻るから少し遅くなると被仰いました。』 『飯を食せろ!』と銀之助は忌々しさうに言つて、白布の覆けてある長方形の食卓の前にドツカと坐はつた。 女中の房は手早く燗瓶を銅壺に入れ、食卓の布を除つた。そして更に卓上の食品を彼所此処と置き直して心配さうに主人の様子をうかがつた。 銀之助は外套も脱がないで両臂を食卓に突いたまゝ眼を閉て居る。 『お衣服をお着更になつてから召上つたら如何で御座います。』と房は主人の窮屈さうな様子を見て、恐る/\言つた。御気慊を取る積でもあつた。何故主人が不気慊であるかも略知つて居るので。 『面倒臭い此儘で食ふ、お燗は最早可いだらう。』 房は燗瓶を揚て直ぐ酌をした。銀之助は会社から帰りに何処かで飲んで来たと見え、此時既にやゝ酔て居たのである。酔へば蒼白くなる顔は益々蒼白く秀でた眉を寄せて口を一文字に結んだのを見ると房は可恐と思つた。 二三杯ぐい/\飲んでホツと嘆息をしたが、銀之助は如何考がへて見ても忌々しくつて堪らない。今日は平時より遅く故意と七
国木田独歩
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