木暮理太郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
大正七年の秋の末に初めて黒岳山から大菩薩峠に至る大菩薩山脈の主要部を縦走した時の山旅は、おかしい程故障が多かった。これは余り暢気に構えて必要の調査を怠ったり、地図を信用し過ぎたり、又はそれを無視したりした結果でもあったが、どういう訳か其時は誰の心にも少しの屈托がなかった。其日暮しの行きあたりばったりという気持であった。これが失錯続出の最大原因であったように思う。 この縦走の主唱者は武田君で、大菩薩岳はちょいちょい登られているし、大菩薩峠を踰えた人は更に多いのであるが、其他は未だ跋渉されぬかして噂も聞かない、それで早速この主要部の縦走に取り懸ろうではないかということになって、武田君と二人で同じ年の三月十六日の夜行列車で出発した。尤も季節が季節だけに山頂は雪が深いかも知れないから、此時は必ず計画を遂行しようという程に決心していた訳ではなく、近くで山の様子を見たり聞いたりした上で、若し差支なかったらという位のことにしてあった。折柄の雨は笹子峠に近づくと雪に変ったので、少し驚いた。塩山で下車しても雨は歇まない。青梅街道を辿って柳沢峠に向う途中、裂石の山門に休んでいると、一陣の南風が甲府盆地から
木暮理太郎
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