小酒井不木 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
遺伝 小酒井不木 「如何いう動機で私が刑法学者になったかと仰しゃるんですか」と、四十を越したばかりのK博士は言った。「そうですねえ、一口にいうと私のこの傷ですよ」 K博士は、頸部の正面左側にある二寸ばかりの瘢痕を指した。 「瘰癧でも手術なすった痕ですか」と私は何気なくたずねた。 「いいえ、御恥かしい話ですが……手っ取り早くいうならば、無理心中をしかけられた痕なんです」 あまりのことに私は暫らく、物も言わずに博士の顔を見つめた。 「なあに、びっくりなさる程のことではないですよ。若い時には種々のことがあるものです。何しろ、好奇心の盛んな時代ですから、時として、その好奇心が禍を齎らします。私のこの傷も、つまりは私の好奇心の形見なんです。 私が初花という吉原の花魁と近づきになったのも、やはり好奇心のためでした。ところが段々馴染んで行くと、好奇心をとおり越して、一種異状な状態に陥りました。それは、恋という言葉では言い表すことが出来ません。まあ、意地とでも言いますかね。彼女は「妖婦」と名づけても見たいような、一見物凄い感じのする美人でしたから、「こんな女を征服したなら」という、妙な心を起してしまっ
小酒井不木
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