小酒井不木 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
いまからおよそ百五十年前のことです。英国南部のバスという市で、ある夜盛大な晩餐会が開かれました。 集まったものは、政治家、実業家、医師、軍人など数十人、いわゆるその市およびその付近で、名をあげている人ばかりでありました。当時まだ電燈は発明されておりませんでしたから、いく本かの美しい装飾をほどこした銀色の燭台が、テーブルの上に立て並べられ、皎々たる光のもとにいとも静粛に、食事がすまされました。 食後人々はテーブルをかこんだまま、紅茶をすすりながら、いろいろの話にふけりました。と、いつのまにか、すみの方で議論めいた口調で話すものがありましたので、一同は、言いあわせたように、口をつぐんで、その議論に耳を傾けました。 「無論、私は炎の中の方が熱いと思います」とひとりの紳士がいいました。 「そうじゃありませんよ。やっぱり炎を少しはなれたところの方がかえって熱いですよ」と、他の紳士が反対しました。 紳士たちは、燭台に波うって燃えている蝋燭の炎をながめながら、その炎の内部が熱いか、あるいは炎をはなれた少し上のところが熱いかを論じあっているのでありました。 人々は、興に乗じて口々に賛否両説を吐きました
小酒井不木
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