小山清 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
井伏さんに「点滴」という文章がある。太宰治を追憶した文章である。それによると、太宰と井伏さんとは、水道栓から垂れる雫の割合のことで、無言の対立を意識していたようである。太宰は一分間に四十滴ぐらいの雫が垂れるのを理想としていたようで、そして井伏さんは一分間に十五滴ぐらい垂れるのを理想と見なし、いまでもそうだという。終戦前、二人が疎開していた甲府の宿屋の洗面所の水道栓から漏れる点滴の話である。太宰は手洗いに立つたびに、その水道栓をいつも同じくらいの締めかたにして、自分の好みの割合で雫が垂れるようにし、しかも洗面器に一ぱい水をためておき、水音がよく聞かれるような仕掛けをして置く。それを井伏さんが手洗いに立って行って、自分の理想とするところのものに訂正して置く。それをまた太宰が手洗いに立ったときに改める。太宰の場合は、水道栓から漏れる雫は、「ちゃぼ、ちゃぼ、ちゃぼ……」というせわしない音を立て、井伏さんの場合は、「ちょっぽん、ちょっぽん、ちょっぽん……」というようなゆっくりした音を立てた。そして二人は互いに素知らぬ顔をしていたようである。「何という依怙地な男だろう」と井伏さんは太宰のことをいっ
小山清
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