佐々木邦 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
或朝、井口君は出勤の支度にかゝった時、ズボンが見当らなかったので、白シャツのまゝ、 「おい/\」 と細君を呼んだ。 「はあ」 「ズボン/\」 「あら、私、忘れていました」 と細君の文子さんは次の間からズボンを提げて来て、 「ポケットに穴が明いていましたから、繕って置きましたの」 と弁解しながら差出した。 「然う/\。右の方だったね」 と井口君は、こんなことに一々お礼を言う時期はもう過ぎていた。寧ろ有るべきところになかったのが不足で、叱言が口元まで出ていたが、相当の理由があったから思い止まったのだった。しかし同時に少し考えさせられた。 「何をそんなに考えていなさるの?」 「何うしてお前がズボンの穴を発見したのかと思ってさ」 「オホヽヽヽ」 と細君は勝ち誇った。 「何が可笑しい?」 「でも今頃漸くお気づきになるんですもの」 「それじゃチョク/\やっていたのかい? 道理で時々勘定が合わないと思ったよ」 と井口君は態と誤解して、冗談にしようと努めた。 「あら、私、何ぼ何でも取りはしませんわ。唯中身を検査して見る丈けよ」 「驚いたね。いつからだい?」 「それ御覧なさい。お顔色が変ったじゃありませ
佐々木邦
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