佐々木邦 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
「四から芸引く、零残る。斯ういう算術を御存じですか?」 と銀太夫君が師匠の令嬢美代子さんに訊いた。 「何あに? もう一遍」 「師から芸引く、零残る」 「分らないわ」 「師匠から芸術を引くと零が残ります。師匠マイナス芸術、イコール零」 「そんなこと誰が仰有るの?」 「僕が考えたんです。師匠ぐらい芸道熱心の方はありません。寝ても覚めても、義太夫のことを考えていらっしゃいます」 「その代り世の中のことを些っとも知らないんですって」 「それですから零残る。芸術を引けば何にも残らないんです」 「お母さんの仰有ることを算術の式に現したのね」 「えゝ、先ずその辺です。師イヽかアヽラ、芸イ引イク、ウヽ、ウヽ、ウヽヽヽヽ……」 「馬鹿ね」 「ハッハヽヽヽ」 当時、銀太夫君は入門未だ日が浅かった。令嬢の美代子さんは女学校の二年生だった。内弟子と親しく話しても、一向差支ないお河童さんだったが、矢張りその頃からもう大きな存在になっていた。尤も美代子さんのところでは家中が皆大きな存在だ。お父さんは東都義太夫界の重鎮、豊竹鐘太夫、内容から言っても恰幅見ても、決して小さい存在でない。お母さんはこの御主人を今日あらし
佐々木邦
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