佐佐木茂索 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
花嫁が式服を替えて、再座に著いた頃には、席は既に可なりな乱れやうであつた。 隆治夫妻は、機会さへあれば、もう帰りたいと思つてゐた。そこへ、廊下伝ひに来た女中が、彼等の背後の障子を静かに開けた。 「吉田さん、でいらつしやいますね。」と確めるやうに一つ微笑してから、「御電話で御座います。」 「おい。」 隆治が気軽に起たうとすると、妻の綾子が「私が参りませう。」と、女中のあとを、廊下へ出てしまつた。 隆治は、いゝ機会だから、これで帰らうと思つた。それで、床の前に坐つてゐる当夜の花嫁花婿を眺めながら、ぼんやりと腹の中で帰る口上を考へてゐると、 「あなた!」と不意に背後の障子が開いた。妻は、息をはづませてゐる。「あなた、孝ちやんが死んだのですつて!」 思ひきり障子に掴まつた右の手先が、おかしいほど震えてゐた。 「なに!」 「たつた今。」ぐつと声を落した。「毒を嚥んだのですつて!」 「ほ!」 思はず隆治も声を低めた。 「で、すぐいらして頂けないかつて。孝ちやんのお母様が電話口に出てらつしやるの。」 隆治は、すつかり聞き終らない中に、起ち上つた。障子の外へ辷り出ると、その儘そつとあとを閉めて、夫妻は
佐佐木茂索
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